はじめに
口の粘膜(唇・頬・舌・歯肉など)に炎症が起きることを「口内炎」と言います。症状・原因は多岐にわたり、それぞれが複雑に関わりあっています。口の中にできてくる粘膜の病気(「粘膜疾患」)は、この「炎症」だけでなく「腫瘍」や「アレルギー」などがあり、これらを区別するのがとても難しいのが実情です。そこで、口の中の病気の状態を取りまとめて提示しながら「口内炎」と「口の中のがん」についても簡単に説明します。
「粘膜疾患」は、見た様子から三つに分けて考えることができます。病変が1)腫れているもの(腫脹)、2)えぐれているもの(潰瘍)、3)色調の変化のみ(あるいは付着している)のもの(色素沈着・母斑など)です。これらについて、さらに詳細な特徴(色調・粘膜の性状・病変の範囲や個数)を見ていくと次のようになります。
腫れ(腫脹)
腫れについて見てみます。腫れている部分の粘膜は、健康な粘膜と同じである場合と粘膜そのものに変化がある場合があります。さらに水が溜まっているような腫れ方(水疱)もあります。粘膜そのものに腫れる原因がある場合は、粘膜の性状に変化が伴います。逆に粘膜よりも深部に腫れの原因がある場合は、粘膜自体は正常です。粘膜下あるいは粘膜内に“水”が溜まると“水ぶくれ”ができます。この場合は、内容液の色により“水ぶくれ”の色が変化します。同様に、粘膜下の腫れの原因によっては、粘膜が透けて腫れそのものの色調が現れてくる場合があります。
<1>腫れている粘膜表面に変化がない場合
a. 正常粘膜色の広範囲な腫れ
下唇の血管神経性浮腫(クインケ浮腫)
腫れている期間は概ね半日〜数日で、無痛性であることが特徴です。血管神経に過剰な興奮が起こり、毛細血管の透過性亢進が腫脹の原因です。アレルギー・自律神経失調などが関わり、遺伝性の場合もあります。腫脹の誘引は口腔における慢性炎症が考えられますが、よく分からないこともあります。抗アレルギー剤などの内服が一般的ですが、慢性炎症がある場合はその治療を行うことも必要です。 |
歯肉増殖症
降圧剤内服によって起きた歯肉増殖症です。降圧剤だけでなく様々な薬剤により発生しますが、歯肉の慢性炎症が誘因となります。写真のように炎症が明らかでないことが多く、正常に近い歯肉色を示しています。 |
b. 正常粘膜色の部分的な腫れ
粘膜下の腫瘍
右頬粘膜下の脂肪腫 |
粘膜下の唾液腺腫瘍
口蓋部の小唾液腺から発生した多形性腺腫です。 |
下顎隆起
下顎の顎堤に見られる骨の隆起です。写真のように下あごの内側に固い腫れとして自覚します。このように歯のない状態ですと、義歯の作成・装用に問題を来たすことが多いので切除する必要が生じます。 |
c. 赤色の広範囲な腫れ
化膿性炎
口底蜂窩織炎(下顎骨膜炎〜口底の炎症)です。 |
d. 赤色の部分的な腫れ
右上顎歯肉エプーリス
粘膜下の血管の拡張によって赤味を帯びた歯肉の腫脹が見られます。 |
肉芽腫性口唇炎
下唇右側に見られる肉芽腫性口唇炎です。 |
e. 青色の部分的な腫れ
がま腫
右側口底部に見られる粘液貯留嚢胞です。 |
右側舌背部に見られる血管腫
深部にある血管腫の青色が舌粘膜を透過して見ることができます。 |
同じ腫瘍の舌を裏側から見た写真です。 |
<2>水ぶくれのように腫れている
a. 透明〜白色の水ぶくれ
単純疱疹
水ぶくれとそれが破れた後の潰瘍が口唇に見られます。 |
帯状疱疹
帯状疱疹による下唇粘膜、舌粘膜の水疱形成と偽膜形成が見られます。 |
粘液貯留嚢胞
下唇粘膜下にできた粘液貯留嚢胞です。 |
粘膜類天疱瘡
歯肉に見られる限局性の水疱で粘膜類天疱瘡によるものです。これは自己免疫性疾患で、口腔・眼粘膜に症状が出ることが多いですが、皮膚や外陰部・肛囲・鼻/咽頭粘膜・食道にも症状が出現します。 |
b. 白色〜黄褐色の水ぶくれ
歯肉膿瘍(慢性化膿性炎)
左下第一大臼歯の舌側歯肉に見られる歯肉膿瘍です。下顎第一大臼歯の慢性辺縁性歯周組織炎から発展したと考えられます。 |
c. 赤色〜暗赤色の水ぶくれ
帯状疱疹
下唇に見られる帯状疱疹の水疱です。 |
頬粘膜にできた血腫
頬粘膜下に血液が貯留している状態です。 |
<3> 腫れている粘膜表面が変化してザラザラしている
a. 白色の変化
乳頭腫
舌下面に見られる乳頭腫です。 |
b. 赤味を伴っている
口腔がん
口底(下あごと舌の中間にある口の床)に出来たがん腫(扁平上皮がん)です。 |
えぐれているもの
「粘膜がえぐれている」のは粘膜上皮がなくなっている状態であり、これを「潰瘍」と言います。一言に「潰瘍」といっても、様々な形態があり、要因も単純ではありませんが一言で言えば上皮組織が壊死することにより潰瘍が形成されます。例えばウイルス感染により水疱が形成され、それが破れることでその部分に潰瘍ができます。細菌感染でもおきますし、がんにより形成されることもよく知られています。口の中の「潰瘍」の代表的なものをお示しします。
<1> 小さくえぐれているのが一箇所あるいは数箇所
アフタ
下唇にできたアフタです。 |
<2>小さくえぐれているのがたくさん集まっている
ウイルス性口内炎
小さな潰瘍が多発しています。 |
<3>広い範囲でえぐれている
難治性潰瘍
組織学的には悪性像はありませんが、長期にわたって様々な治療に効果がない潰瘍です。強い痛みを伴うことはありませんが、刺激物がしみたりします。 |
尋常性天疱瘡
舌下面に見られる広範囲な潰瘍は、尋常性天疱瘡という自己免疫疾患によるものです。 |
粘膜類天疱瘡
歯肉に見られる比較的広範囲なびらん/潰瘍で粘膜類天疱瘡によるものです。これは自己免疫性疾患で、口腔・眼粘膜に症状が出ることが多いですが、皮膚や外陰部・肛囲・鼻/咽頭粘膜・食道にも症状が出現します。びらん/潰瘍は刺激によって違和感や痛みを感じます。 |
<4>えぐれている周囲が硬い
口腔がん
舌にできた上皮がん(扁平上皮がん)です。 |
色調の変化、付着
粘膜表面の色調が変化していたり、何か付着していたりすることで粘膜の異常に気付くことがあります。一般的に粘膜の色調の変化は、粘膜上皮の厚さ、上皮のメラニン産生細胞や粘膜下の血管の状態などにより生じます。また、粘膜表面に付着したものの色調により粘膜の異常に気付くこともあります。
<1> 赤色になっている
口腔扁平苔癬
頬粘膜から軟口蓋にかけてみられる口腔扁平苔癬です。 |
地図状舌
舌表面が部分的に赤くなり(舌乳頭が萎縮しています)健康な部分と模様を作った状態が地図のようであることから、このように呼ばれています。
痛みを伴うことはありませんが、真菌の感染によりピリピリとした不快症状をもつことがあります。また、舌表面の模様は時間とともに変化していきます。 |
<2>白色になっている
均一型白板症
舌にみられる均一型白板症です。 |
不均一型白板症
舌にみられる不均一型白板症です。 |
カンジダ症
頬粘膜のカンジダ症(急性偽膜性) |
同じ患者さんの口蓋の状態です。 |
<3> 黒色になっている
悪性黒色腫
上顎歯肉から頬粘膜にかけて見られる悪性黒色腫です。 |
母斑
舌下面の母斑です。 |
黒毛舌
舌表面にある苔のようなものを舌苔といいます。これは舌乳頭に食物残渣や細菌代謝産物が付着して舌表面に着色したものです。 |
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