広場へ > お口のトラブルと治療 > 歯が原因ではない痛み(歯科恐怖症)

歯が原因ではない痛み(歯科恐怖症)

1.「歯が原因ではない痛み」とは?

患者さんが歯科医院を受診する動機はいろいろです。その中で最も多いのは、「痛みを止めてもらいたい」というものでしょう。実際歯科にいらっしゃる患者さんは、何らかの痛みがお口やその周辺に生じていて、つらい思いをされている方か、または痛みをこのままにしておくと、後でたいへんなことになりそうだと考え、受診された患者さんです。歯医者さんに診てもらうので、この痛みには歯の治療が必要だと思われるかもしれませんが、必ずしもそうではないことがあります。「歯が原因ではない痛み」があることをご存じでしょうか?

(1)痛みの種類

「痛み」とは何でしょうか?一般的には「痛み」は体に起きた不調を示す警告と受け取られています。「痛み」のある場所に、何かの「異常」が起きており、それを示す不快な感覚が「痛み」だというものです。実は、このような痛みは「侵害受容性疼痛」と呼ばれる痛みなのですが、別の種類の痛みもあります。一つは「神経そのものが傷ついておきる痛み」、もう一つは「脳の中でおこる痛み」です。

1)体の一部が傷ついて生じる痛み(侵害受容性疼痛)

痛みを感じている場所に、傷をつけるような刺激が加わっている、またはその場所の体の組織が傷ついており(組織損傷)、末梢神経の刺激を感じるところ(受容体)が刺激を受けて、「痛み」の信号を脳へ送ることで感じる痛みです。

2)神経が傷ついて生じる痛み(神経障害性疼痛)

いわゆる「神経痛」と呼ばれる痛みで、神経そのものが傷ついて、「痛み」の信号を脳へ送り続ける状態です。

3)脳の中でおこる痛み(心因性疼痛)

脳の中にある、痛みをコントロールする働きに異常が起きて生まれる痛みです。この痛みはストレスと関連して発症することが多いと言われています。

(2)歯原性歯痛と非歯原性歯痛

歯や歯の周囲で生じた、体の一部が傷ついて生じる痛み(侵害受容性疼痛)を、「歯原性歯痛(しげんせいしつう)」とも言います。歯の神経(歯髄)の炎症や、歯を支える組織(歯周組織)の炎症などで起きる痛みです。歯科医院で最も治療の対象となる疾患でおきる痛みといっても良いでしょう。

また、それ以外の原因で起こる痛みを「非歯原性歯痛(ひしげんせいしつう)」といいます。非歯原性歯痛については、このテーマパーク8020の非歯原性歯痛で詳しく解説しますので、ぜひ併せてご覧ください。

ここでは、脳がおこす、痛みも含めた様々な症状について解説していきます。

2.心が関連する痛みとは?

1)「病は気から」は本当か?

「病は気から」という言葉があります。これは「病気はこころの影響を強く受ける」という意味を含んでいます。病だけではなく、身体は心の影響を強く受けます。例えば、緊張した時に「口の中がからから」になったり、何かを我慢する時に「歯をくいしばる」など、本人の意図と関係なく、身体が心に反応してしまうのです。これと反対に、身体の不調が心に影響することもあります。せっかくの食事が、歯が痛いだけでおいしさが半減し暗い気持ちになったり、親知らずがズキズキ一日中痛むと、仕事も手に付かず、落ち込んでしまいます。また、前歯にきれいな白い歯が入ると、笑顔に自信がついて、何となく気分が明るくなったりもします。

2)心身相関とは?

このように、身体と心は密接に結びついていて、お互いに強く影響しあっています。医学的にはこのことを「心身相関」と言います。最近の研究では、心の一面である感情が免疫機能、内分泌系、自律神経系などの身体の機能と密接に関係していることが科学的に分かってきました。さらに、人は社会的動物とも言われ、家庭・職場・学校などの人間関係からも大きな影響を受けます。そして人の病気を、身体のみの不調ととらえずに、心理面や社会面からも全体的(総合的)に診る医学を「心身医学」と言います。この心身医学が対象とするものの一つに「心身症」があります。

3)心身症とは?

心身症は、病名が付く特定の病気がある訳ではありません。身体の病気であっても、心理的・社会的な因子が密接に関わって起こる病態を心身症と言い、心理的・社会的因子の関わりが強く見られる状態そのものを指しています。この中で歯科医が診る心身症を歯科心身症あるいは口腔心身症と呼びます。代表的な歯科心身症には口臭症、舌痛症などがあります。なお、心身医学的治療を主体に治療を行う科を「心療内科」と言い、心身医学的歯科治療を主体に治療を行う科を「心療歯科」と言うことがあります。

3.歯科心身症とは?

歯科の治療対象領域である顔・顎・お口は、知覚神経に富んでいます。口唇やお口の中の粘膜は触覚・痛覚に敏感で、舌はさらに味覚をも感じます。歯も歯の根の周りの神経感覚で、髪の毛一本でも識別できるほど敏感です。この顔・顎・お口の感覚に関連した心身症が歯科領域の心身症の特徴です。ある感覚が過敏になったり、感覚の錯誤(まちがい)が起きるのです。実際には患者さん本人は確かに感じているのに、直接お口の内や外に関連する原因が見つからない状態となります。患者さんは歯・歯ぐき・舌・口唇などに問題があると強く思っていますが、その部位の治療では本来の症状は消退しないのです。

このようにお口に関連する器官の感覚に異常が生じ、原因が分からすに治療期間が長期となる方が多く、これが歯科心身症の特徴です。また、患者さんに現れる症状が多彩で、いろいろなケースがあることも特徴といえます。

4.歯科心身症の診査・診断

普通の歯科医院でこのような歯科心身症を診てもらえるのでしょうか?「心療歯科」「心身医学」等を特徴としている歯科医院ならば、まずは大丈夫です。大学病院や総合病院の口腔外科でも対応してもらえるでしょう。

1)まずはお話しをしっかり聴くことから

診療のはじめは、患者さんがお悩みの訴えについて、丁寧に詳しくお話を伺い、症状の特徴を把握することから始まります。いつから始まって、どのように経過し、どんな症状か、などを詳しく聴くこと(メディカル・インタビュー)が第一です。次に実際お口の中や顎・顔に、症状を引き起こす病気があるかどうかを診断します。診断は「除外診断」が主体になります。(図1)これは、実際にその症状を生じる病気が「ない」ことを診断していく方法です。種々の診査の結果、身体面だけではなく心理面・社会面が強く影響していることがわかれば、心身症が疑われます。

2)心理検査について

これらに心理検査が加わることもあります。これは一般的に精神科やカウンセリングなどで行われている心理面の検査です。最も多い方法は、患者さん自身で自分に最もあてはまる質問に答えていくアンケート方式のものです。(これを心理テストと呼びます)心理検査で心身症が確定される訳ではありませんが、診断の大きな助けになります。また、治療の途中で心理検査を行うことで、心理面に対する治療の効果を計ることもあります。

5.歯科心身症の治療法

歯科医師からの説明で「何でもない」ことが分かり、安心してお帰りいただける方も多くいらっしゃいます。しかし、もし心身症であることが判明した場合どのような方法で治療すれば良いのでしょうか。治療の流れを図1に示します。除外診断の結果、歯科心身症であることが疑われる場合、大きく分けて2つの治療法があります。

1)心理療法(サイコセラピー)について

一つめは心理療法(サイコセラピー)です。心理療法はいわゆる医療のカウンセリングと考えてください。心理療法には、いろいろな方法があり、担当医やカウンセラーにより得意な方法がありますのでそれを行ってもらうことから始まります。

歯科心身症では、症状に対して意識が集中し、いわゆる症状に「とらわれた」状態の方が多くいらっしゃいます。(図2)歯科治療などで強い不安が生じると、その不安が治療した部位に意識を集中させます。意識が集中した部位の感覚は敏感になるため、今まで感じていない感覚が生じます。この感覚に対して、歯科治療をはじめとした何らかの対処行動をとることになります。しかし対処行動をとることで、さらに意識が集中し、感覚が過敏になります。この悪循環にはまると、症状は継続し悪化していきます。

「とらわれ」は個々人の考え方のパターンです。このパターンに気付き、パターンを意識して変えていくことが心理療法の働きです。一方では考え方には関係なく、行動のみを変更していく方法もありますが、各症状に適切な方法が選ばれると治療の効果が上がります。

2)薬物療法について

二つめはお薬を使う薬物療法です。お薬としては、精神に働きかけるお薬を使います(向精神薬と言います)。精神面に影響があるお薬を使うことに抵抗感がある方や、副作用を恐れ、お薬を使うことに納得されない方もいらっしゃいます。最近、心身症は脳機能の不調から生じていることが判明してきました。このため脳機能に直接影響のあるお薬が、最も効果をあげることが理解できます。適切に使用すれば効果は著明です。副作用もお薬の使い方に慣れた先生であれば、心配することはありません。実際の診療では、向精神薬に関し、精神科や心療内科にご紹介し、処方をお願いすることもあります。

治療期間としては1ヶ月程で変化が現れる方もいますし、半年〜1年以上通院が必要な方もいます。病気で悩んでいる期間が長いほど、「1分1秒でも早く治りたい」と思うものです。しかし焦りは禁物です。治療開始当初、すぐに効果が現れ無いことであきらめないでください。少しでも症状が良くなったところに注目し、逆に悪くなったとしても焦らず、あきらめず、全体では良い方向に向かっていることに気付いていただければ、治りもより早くなります。

6.他の歯科心身症

この項目からは、歯科心身症として特徴的な疾患を個々に取り上げます。

1)口臭恐怖症

口臭については、このテーマパーク8020の「口臭」のページを是非ご覧ください。歯科心身症の口臭症は、実際には口臭が生理的範囲内なのに、自分には強い口臭があり、その口臭が他人に迷惑をかけていると考えている状態です。これを心因性口臭とも言います。また、最近ではこのような方は「口臭恐怖症」とも言われます。口臭を一日中感じるだけでなく、口臭のせいで、職場・学校・家庭でいろいろな障害が生じ、日常生活に支障がある方は歯科心身症の疑いがあります。

まずはかかりつけの歯医者さんで相談してください。専門的に口臭治療に取り組んでいる歯科医院では、口臭測定器で客観的な口臭測定を行います。その結果口臭が測定されなければ、「歯科心身症の治療法」で紹介した治療法を行っていきます。

口臭症の方は、人知れず長期間悩んでおられる方が多く、中には30年以上悩んでいる方もいます。「口臭なんかで受診するのははずかしい」と考え歯科を受診しない方が多くいらっしゃいますが、是非、思い切って歯科医院を受診されることをおすすめします。

2)舌痛症

舌痛症とは、舌に異常はないのに、舌の痛みがずっと続く状態で、舌に関する痛みが長く続くのですが、歯科で良く調べてもらっても、「特に問題なし」、と言われます。舌痛症は「食事中は痛みを感じない」「人と話をしていると感じない」「何かをやっている時はあまり感じない」「ぼーっとした時に一番痛みを強く感じる」「飴やチューインガムを口に入れておくと痛みがへる」等の特徴もあることが多く、さらに舌の痛みから「舌の癌ではないか?」と強い不安を持つ方もいらっしゃいます。

舌痛症は、何らかの歯科治療後に発症したり、突然痛みが生じたりします。日によって痛む部位が、変化することもあります。また、舌以外の口唇、頬の内側、上あごの真ん中等に変化することもあります。舌痛があると歯の突起が気になり、歯科でこの突起を削って丸めても、舌痛症の痛みは変わりません。口内炎のお薬を付けたり、うがい薬で良くなる場合もありますが、頑固に痛みが続くことも多いようです。

まずは歯医者さんに相談し、舌の状態を良く観察してもらいます。舌の炎症などがあれば軟膏やうがい薬を使用します。舌に異常が見あたらない場合、大学病院などを紹介してもらい、より詳しい検査をします。舌癌があるかどうかは、口腔外科で診断してもらうことになります。この過程で、お口の中のカンジダ菌により舌痛が起きていたことが分かり、お薬で治療することがあります。それでも痛みが続く場合、精神に働きかけるお薬を中心に漢方薬なども使用します。

3)かみ合わせの異常感

上下の歯のかみ合わせが、おかしく感じられる状態です。かみ合わせの影響で身体中の不調が生じていると思い、種々のかみ合わせの治療を受けてしまうこともあります。ある日突然、かみ合わせをおかしく感じる方、歯の治療後からおかしくなる方、TVや雑誌でかみ合わせの記事を見てから気になりだした方、などきっかけは様々です。

実際にかみ合わせに異常があり、歯科のかみ合わせ治療で治る方もいらっしゃいます。一方で歯科医から見て大きな異常は無いにもかかわらず、かみ合わせの異常を強く訴えたり、かみ合わせの影響とは考え難い症状とかみ合わせの関連を訴える方もおります。この異常感が歯科心身症の場合は、かみ合わせの治療を受けても治らず、症状はかえって悪化することもあります。

図2に示すように、かみ合わせに「とらわれ」てしまって、一日中かみ合わせを意識している場合、かみ合わせを感じる歯の感覚が鋭敏になり、ちょっとした歯の接触の変更を受け入れられなくなります。また、不安が大きくなるので、ますます感覚が鋭敏になり、かみ合わせが落ち着く状態が分からなくなります。このような場合は、かみ合わせの治療だけでは治りません。「歯科心身症の治療法」に示す心理療法や薬を使った、心理面からのアプローチで、かみ合わせの異常感がなくなる方も多いようです。できるだけ専門家に診てもらうようにしましょう。

4)顎関節症

顎関節症については、このテーマパーク8020の「顎関節症」をご覧ください。歯科心身症の顎関節症は、ストレスと関連して起こることがあります。ストレスがあると日中や睡眠中に、食いしばり・歯ぎしりを起こし、これが顎関節の負担を大きくし、さらに顎を動かす筋肉にも影響します。ストレスの影響が強い顎関節症は歯科心身症の顎関節症といえます。ストレスをコントロールするためには、心理療法を受けたり、精神に働きかけるお薬を使って不安や緊張をやわらげる、などの対応法があります。実際に顎の関節やかみ合わせ、かむ筋肉に異常がある方もおりますので、まずは顎関節症専門医や顎関節症に詳しい歯科医院の受診をおすすめします。

5)口腔の異常感・セネストパチー

痛みではなく、なんとなく変、なんとなく気になる、歯の上に何かのっている、お口の中に何か出てくる、顎がゆがむ等、お口の中の異常感が生じている状態です。「つばがネバネバする」は唾液の異常が疑われ、「味が変」は味覚異常がうたがわれますが、検査の結果、唾液や味覚異常がないのに症状が続きます。お口の中を鏡で見ても、その異常は見つけられないが、異常があることを確信しています。症状を歯科医に理解してもらえず、一人で非常に悩んでおられる方もいます。このような異常感をセネストパチー(体感異常症、体感幻覚症)と言います。

お口の中はとても敏感で、いろいろな刺激を常に感じています。このいつも感じている感覚が何かのきっかけ(歯科治療も含まれる)で異常感に変化し、実際のお口の中で感じている感覚との違いに困惑している状態です。脳機能の何らかの異常が関連しているものと考えられています。現在、最新の脳機能検査機器を使用した研究により、セネストパチーと脳機能の関係が究明されつつあります。

治療としては、他の歯科心身症と同じく、心理療法、薬物療法が行われます。「こんなことを言ったら、歯医者さんに取り合ってもらえないかもしれない」と一人で悩まれている方もいらっしゃいます。まずお近くの歯科医院でご相談いただくか、総合病院の口腔外科、大学病院でご相談ください。

6)歯科治療恐怖症

歯科治療恐怖症(歯科診療恐怖症)の方は、以前に受けた歯科治療が精神的外傷(トラウマ)になり、恐怖症になっている方の状態です。歯科の診療は成人でも好きな人はいないと思います。しかし、お口の中や周囲に不具合があれば、歯科を受診し、多少怖くても我慢して治療を受けます。最近ではいろいろ患者さんにリラックスしていただいた状態で診療を行う歯科医院も増えています。 しかし、一度精神的外傷(トラウマ)になってしまうと、不安が強くなり、歯科に行くことを想像しただけで息が苦しくなる、などの症状が起きてきます。自分では歯科治療が必要であることが分かっていながら、身体が反応し、歯科受診までなかなか踏み切れない方々です。

このような方の治療では、徐々に歯科治療に慣れて頂く方法(脱感作)を行います。この方法は患者さんの努力も必要で時間もかかりますが、後々その方が歯科受診することを考え、歯科に慣れていただく方法です。一刻も早く歯の治療が必要な場合は、薬物や笑気ガスで感覚を鈍くした状態の下で歯の治療を行う精神鎮静法や、どうしても無理な方では全身麻酔下で歯科治療することもあります。勇気を出して歯科医院に相談なさってください。

7.脳機能と歯科心身症

最近、f−MRIやPETなど脳の機能を調べる検査機器がより精密になってきました。機器の進歩により、いままで良く分からなかった、脳の働きが解明されつつあります。歯科心身症と脳機能異常の関係が明確になれば、歯科心身症の治療がより進歩し、患者さんの苦痛に迅速にかつ確実に対応できるようになるものと予想されています。現在、慢性疼痛やセネストパチーと脳機能の関係が一部報告されています。今後の研究動向から目が離せない状況です。

日本歯科大学附属病院 心療歯科診療センター長 岡田 智雄

ページトップへ