印刷する
広場へ > お口の病気と治療 > 非歯原性歯痛

「非歯原性歯痛」は「ひしげんせいしつう」と読みます。ほとんどの方は初めて耳にする言葉ではないでしょうか?「非歯原性歯痛」は「歯には原因がない歯痛」のことです。ここではこの「非歯原性歯痛」について解説していきます。

1. 「非歯原性歯痛」と「歯原性歯痛」

歯科医院を受診する動機の最も多いものは「痛み」と思われます。お口の中や周囲に起こる「痛み」。激しい痛みは「一刻も早く取り除いてもらいたい」と思いますし、たとえ軽い痛みであっても、何となく不安になってくるものです。これらの痛みの多くは、歯が原因となる歯痛であり、「歯原性歯痛」と呼ばれます。歯原性歯痛は、歯の中の神経(歯髄)や歯の周りの歯を支える組織(歯周組織)が原因となる痛みであり、歯科医師による歯科の治療によってのみ治まる痛みといってもよいでしょう。「歯原性歯痛」は「侵害受容性疼痛」ともいわれます(これらの痛みの原因や治療法については、このテーマパーク8020の別の項目で詳しく解説されていますので、ご参照ください)。受診される患者さんも、この痛みには歯の治療が必要だと思われるかもしれませんが、必ずしもそうではないことがあります。それが「非歯原性歯痛」です。

(1) 非歯原性歯痛の分類

非歯原性歯痛には表1に示すように、その原因により多くの分類があります。原因が異なれば治療法も異なってきます。またこれらの非歯原性歯痛は、「歯を治療しても良くならない痛み」、でもあります。患者さんに、「歯が原因ではない歯痛がある」という知識がないと、「歯の痛みで歯医者に行ったのに、歯の治療をしてくれない」といった不満が生じることがあります。是非「非歯原性歯痛」というものがある、ということだけでも知っておいていただきたいと思います。

非歯原性歯痛を歯原性として治療すると

もし非歯原性歯痛を、歯が原因の「歯原性」として治療にとりかかるとどうなるでしょうか?歯の治療は痛み本来の原因除去とはならないため、痛みは解消されません。非歯原性歯痛の中には、ときどき痛くない期間があり周期的に生じるものもあるため、たまたま痛くない期間に歯の治療を行った場合は、歯の治療で良くなったように見えてしまいます。どちらにしても、痛みが続くので、さらに歯の治療を続ける状況になります。歯の治療には、歯を削ったり、神経(歯髄)を取り去ったり、また歯そのものを抜く抜歯など、行うと元に戻れない治療があります。もちろん、お口の中で失われたものは人工物で補うことができる訳ですが、結果的に自分の身体の一部を失わないためにも、痛みに対する慎重な対応をしていく必要性があると考えられます。

2. いろいろな「非歯原性歯痛」

ここからは表1に従って、各非歯原性歯痛の内容をご紹介します。

表1 非歯原性歯痛の分類
1. 筋・筋膜性歯痛
2. 神経障害性歯痛
3. 神経血管性歯痛
4. 上顎洞性歯痛
5. 心臓性歯痛
6. 精神疾患または心理社会的要因による歯痛
7. 特発性歯痛(非定型歯痛を含む)
8. その他さまざまな疾患により生じる歯痛

出典:口腔顔面痛学会編「口腔顔面痛の診断と治療ガイドブック」より

(1)筋・筋膜性歯痛

筋・筋膜性歯痛は顎を動かす筋肉に痛みを生じる場所があるのですが、歯の痛みとして感じることで生じる非歯原性歯痛です。簡単にいうと「筋肉痛からくる歯痛」です。これには「関連痛」といわれる現象を理解しておくことが重要です。

1)関連痛とは?

関連痛とは、「痛みの原因が生じた部位と異なる神経支配領域に感じられる痛み」と定義されています。痛みの発生源(疼痛発生源)としては、顎を動かす筋肉(咬筋、側頭筋など)、内臓(心臓など)、鼻腔(上顎洞など)、関節等があります。そして痛い部位(疼痛感受部位)が歯や歯ぐき等に生じる時に、歯や歯ぐきに異常がないのに痛む状況になります。そのメカニズムには諸説があり、いまだに十分に解明されている訳ではありませんが、脊髄のニューロンが関連しているといわれています。

2)筋・筋膜性歯痛の特徴

痛みを生じやすいのは、主に上下の奥歯です。どちらかというと漠然とした鈍い痛みが多く、1日中痛む方もいれば、痛みが出たり引っ込んだりする方もいます。最も大きな特徴は筋肉中にトリガーポイントと呼ばれるしこりのようなものがあり、ここを指等で押すと「うっ」とうめくような痛みが生じます。そしてこのトリガーポイントを5秒程度押し続けると、歯痛が生じてきます。主なトリガーポイントの部位と関連痛を生じやすい部位を図にして示します。(図1、2)トリガーポイントを刺激した時に歯痛が再現されれば、筋・筋膜性歯痛と考えられます。

3)筋・筋膜性歯痛への対応法

筋・筋膜性歯痛の原因としては顎を動かす筋肉(咀嚼筋)が慢性的に疲労すると、筋肉の中に“しこり”ができ、痛みの発生源(トリガーポイント)となると言われています。場合によっては首や肩の筋肉に関連して歯痛が生じることもありますので、専門家にご相談なさることをお薦めします。

トリガーポイントは顎を動かす筋肉を酷使した結果おこる症状ですので、筋肉のストレッチやマッサージにより筋の血流を良くし、“こり”を解消していくことになります。急性であれば消炎鎮痛剤を服用することもあります。また顎の使いすぎについての対応はテーマパーク8020の「顎関節症」の項目をご覧ください。

(2)神経障害性歯痛

神経障害性歯痛とは、末梢から中枢に至る神経の何処かに障害が生じて感じる痛みです。 いわゆる神経痛と呼ばれるもので、瞬間的に刺されたような激痛が起こる「発作性神経痛」と、じりじりと焼けつくような痛みが、24時間絶え間なく続く「持続性神経痛」に分けられます。

1)発作性神経痛

主に頭部の神経を支配している三叉神経や、舌咽神経の神経痛です。上顎の犬歯や下顎の奥歯付近に痛みを感じることが多く、「ツーンとする」「瞬間的に電気が走り抜けるよう」(電撃様)な痛みと表現される激痛です。痛みは瞬間的で長くは続きません。激しい痛みとなる前に「歯がしみる」などの普通の歯痛が感じられることもあり、鑑別は難しいといえます。

通常50歳以上で発症し、鼻の脇等、痛みを誘発する特定の部位(トリガーゾーン)があることが多く、洗顔、髭そり、歯磨きに支障をきたすことがあります。発作と発作の間には、まったく痛みがありません。また「寛解期」といわれる、全く痛み発作が生じない時期があります。治療としてはカルバマゼピンというお薬が特効的に効果がありますが、やはり専門家の受診をお薦めします。

2)持続性神経痛

帯状疱疹性歯痛とも呼ばれています。神経節と呼ばれる部位に潜伏していた帯状疱疹ウィルスの感染症です。難治性疼痛のひとつと言われています。帯状疱疹関連痛には、急性期の帯状疱疹と慢性期の帯状疱疹後神経痛があり、病態が異なります。

急性期は神経(主に三叉神経)の走行に一致した部位に水泡形成や知覚鈍麻が生じます。この時ウィルスの進行に伴い、激しい歯痛が生じます。痛みは1日中持続し、痛みで夜も眠れない状況になります。

粘膜に生じた水泡や皮膚に生じた皮疹は徐々に治癒していきますが、慢性期になると神経痛のような痛みが残ることがあり、これを帯状疱疹後神経痛と言います。この神経痛に対するお薬(プレガバリン)が奏功します。鑑別診断が重要ですので、専門医の受診をお薦めします。

(3)神経血管性歯痛

片頭痛や、群発頭痛の症状の一つとして歯痛が生じることがわかっています。頭痛による関連痛といって良いもので、お口やその周囲に生じる最も一般的な神経血管性頭痛は片頭痛です。痛みは歯の神経の炎症(歯髄炎)と大変似ているため鑑別が難しい歯痛の一つです。

この場合、歯の治療を行っても効果はありません。まずは頭痛の専門家を受診し、頭痛の治療を行うことが必要です。

(4)心臓性歯痛

狭心症や心筋梗塞などの疾患に関連した歯痛が数多く報告されています。他の疾患(動脈解離、心膜炎)から歯痛が生じた例もあります。痛みは発作性に生じ、特に運動(歩行など)により歯痛が生じるといった、運動との相関関係が認められます。これらは迅速に心疾患の治療を行う必要があり、心臓の専門家を早急に受診していただくことが重要です。

(5)上顎洞性歯痛

上顎洞とは副鼻腔のひとつで、左右の上あご、主に奥歯の上にある骨の中の空洞です。この上顎洞の疾患で歯痛を生じることがあり、これを上顎洞性歯痛と言います。副鼻腔は風邪などにより炎症を起こすことがあり、鼻からの影響で起きている上顎洞疾患の治療は耳鼻咽喉科が行います。

(6)精神疾患による歯痛

精神疾患のなかの身体表現性障害の場合、特に身体化障害や疼痛性障害で歯痛が生じます。また、統合失調症、うつ病において身体症状として歯痛が出現することも知られています。これら精神疾患は精神科の対応が必要な疾患です。

(7)特発性歯痛(非定型歯痛)

明らかな原疾患がはっきりしない歯痛があります。原因不明の痛み、といえます。歯原性歯痛ではなく、さらに非歯原性歯痛のどの分類にも明確に当てはまらない歯痛です。時間の経過によって症状が変化し、内容が明確になることもあります。

3.まとめ

以上に述べましたように、多くの原因により「歯が原因でない痛み」が生じます。図3に非歯原性歯痛の鑑別診断と対応する科について、フローチャート形式で示しました。図に示すように、頭痛、心臓疾患、上顎洞疾患、精神疾患と関連する場合、それぞれの治療を担当する科が異なり、複数の医療機関の受診により加療に時間がかかることが多いのです。この図はあくまで大まかなもので、実際には多彩な症状の中から、真の原因を探り当てることには困難が伴います。特に痛みは量的に測ることが難しく、痛みの表現にも個人差があるため、医療者側の知識・技術にもまして、治療を医療者任せにせず、医療者と協力して痛みに対応していく患者さんの姿勢が重要となります。

非歯原性歯痛の領域は近年「口腔顔面痛」としてまとめられ、診断や治療の指針となるものが報告されています。この分野の研究は、現在盛んに行われており、多くの新しい治験が集積しつつありますが、いまだ不明の部分もあり、今後の専門家による研究の進展が望まれています。

日本歯科大学附属病院 心療歯科診療センター長 岡田 智雄

ページトップへ