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3.精神鎮静法

「局所麻酔をすれば痛くないのはわかっているのだけれど、歯を削る音や振動、薬品のにおいなどが苦手で治療が受けられない」という患者さんにうってつけの方法が精神鎮静法と呼ばれる麻酔法です。リラックス効果の高い麻酔薬を利用して、うとうとした状態で治療が受けられるので恐怖心や不安感が軽減します。また口の中に触れられると思わずえずいてしまう嘔吐反射の強い患者さんにも高い効果を発揮します。全身麻酔と異なり治療中も会話が可能で入院の必要もない安全性の高い方法ですが、歯を抜いたり神経をとったりするような強い痛みをとることはできません。そのため痛みを伴う処置を行う場合には必ず局所麻酔を併用します。笑気ガスを用いる吸入鎮静法と、血管に鎮静薬を注入する静脈内鎮静法の2種類の方法が用いられています。

(1)吸入鎮静法 (図2)

笑気と呼ばれる麻酔ガスを吸入すると不安感や恐怖心の少ないリラックスした状態になります。この性質を利用して、70%以上という高濃度酸素(空気中の酸素濃度は21%です)とともに笑気を吸入することで安全で快適な全身状態を作り出す方法が吸入鎮静法です。歯科治療に対して強い恐怖心をお持ちの方や、小さなお子さんでも快適に治療が受けられるようになる優れた方法です。また、高血圧や狭心症などの循環器疾患や糖尿病や甲状腺の病気をお持ちの患者さんは、精神的ストレスで全身状態が大きく変化します。これらの患者さんの歯科治療に吸入鎮静法を用いると安全性が向上することが知られています。笑気は鎮静作用に加えて鎮痛作用を持っているので、吸入鎮静法を用いればリラックスするだけでなく痛みを感じにくくもなります。そのため表面麻酔と併用すれば痛くない局所麻酔を行うことも可能です。呼吸器、循環器、肝臓や腎臓といった重要臓器に対する作用が極めて小さく、呼気によって速やかに体内から排泄されることも笑気の大きな特徴です。

(2)静脈内鎮静法 (図3)

笑気よりさらに高い効果を持つ鎮静薬を血管内に注入する方法を静脈内鎮静法と呼びます。笑気では十分な効果が得られない患者さんや親知らずの抜歯、インプラント手術など侵襲の大きい処置を行う場合に用いられます。強い効果が得られる反面、安全に行うためには全身麻酔に準じた設備と技術が必要となります。そこで静脈内鎮静の実際を簡単に説明いたします(図4)。

1) 術前の診察と注意事項の説明:通常治療日の1-2週間前に全身状態を診察し、食事の制限や帰宅後の注意事項などの説明を受けていただきます。
2) モニターの装着:血圧計や心電図などを装着します(図5)
3) 酸素の投与:安全性をより高めるために酸素吸入を行います(図6)
4) 静脈路の確保:鎮静薬や救急薬の投与経路として点滴を行います(図7)
5) 鎮静薬の投与:治療内容によって投与量を調節します。
6) 休憩・帰宅:2時間程度の休憩後に付添いの方と帰宅していただきます。

4.全身麻酔法 (図8)

外科手術が必要な矯正治療や大掛かりなインプラント手術、あるいは障害のある患者さんや治療に協力できないお子さんなど、歯科でも全身麻酔は広く用いられています。麻酔を担当するのは歯科大学を卒業後、母校や医学部の麻酔科で高度なトレーニングを受けた歯科麻酔科医と呼ばれる歯科医です。歯科麻酔科医は患者さんの全身状態を診察し、麻酔計画を立て、安全で快適な歯科治療が受けられるように細心の注意を払って麻酔中の全身状態を管理します。また、治療内容によっては入院の必要がない日帰り全身麻酔も行われています。静脈内鎮静法と同様にあらかじめ診察や検査を済ませておけば、治療当日の朝来院し麻酔終了後は数時間休憩して帰宅できるので、患者さんにとっても家族にとっても負担の少ない方法です。

現在用いられている全身麻酔法を麻酔薬によって分類すると、セボフルランやイソフルランといった揮発性麻酔薬を笑気とともに用いる吸入麻酔法、プロポフォールやレミフェンタニルなどの静脈麻酔薬を点滴から持続的に投与する完全静脈麻酔法、両者を併用する方法の3種類に大別されます。いずれの方法も薬剤投与ルートのために点滴を行い、呼吸を助けるチューブを気管に挿入します(図9)

日本歯科麻酔学会では、高度の専門性が要求される静脈内鎮静法や全身麻酔法が安全に行える質の高い歯科麻酔科医を養成するために、認定医制度や専門医制度を設けています。さらに、最新の知識を身に着けるためのリフレッシャコースや研究成果を公表する学術集会を開催しています。

日本歯科大学生命歯学部歯科麻酔学講座 教授 砂田勝久

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