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被ばくについて

 歯科エックス線撮影による被ばくは、多いという考え方と少ないという考え方の二つの側面があります。まずは多いという考え方ですが、これは、小さな薄いもの(全身と比べると顎の骨は小さく薄い)を撮影するのに増感紙を使わない直接法という方法を使っていることが論拠となります。増感紙を使うと、1つのエックス線光子で例えば10の蛍光を出す…つまり元のエックス線を1/10にすることができることを考えると、確かに歯科の撮影は無駄に思えるかも知れませんが、歯の痛みは、ほんの小さなむし歯の穴から生じることを考えると、被ばくを抑えて解像度を低くし、小さなむし歯を見逃すより、少々エックス線が多くても確実に診断する方が良いわけです。その代わり、歯科ではエックス線を照射する範囲をぐっと狭め、直径7cm程度の出口からエックス線を出し、被ばくする体の部分の体積を減らすようにしているわけです。被ばくする体積が少ないことから、体全体への影響は平均すると少なくなる…
これが、被ばくが少ないという考え方になります。現在歯が痛くてうなっている患者さんの診断を正確に行い、治療を確実に行うことを第一に考えると、多いとか少ないとか言ってはいられません。しかしながら現在は、診断を正確に行いながらどこまでエックス線の量を減らすことができるか、どのような補助的手段を使うとより正確な診断ができるか、さらには直接法用フイルムの感度をどこまで上げることができるか、各方面で検討が種々行われており、その成果を各医療機関が実践しながらデータをとり、国民全体の被ばくの低減に努めているところです。

  最近増えてきたデジタルエックス線撮影は、便利なものです。歯の撮影に関しては、口の中に大きなかさばったセンサーを入れることが多く、患者さんにとっては苦痛とも言えます。しかしながら、デジタルシステムを用いることによって、被ばくは、確かに減っています。同じ装置で撮影する場合、フイルムの約半分のエックス線量(タイマーの設定時間)で撮影可能と考えられます。昔からフイルムを使っている歯科医師の先生にとっては、出来上がりの画像がややラフに見えるので、診断ミスが生じないように導入しないという意見の先生もいます。実際に一般的なデジタル画像は、1mmの中に引かれた10本程度の線しか認識できない(10LP/mmの解像度と表現します)のに対し、フイルムを用いる場合には20本以上の線を認識できると言われています。エックス線撮影システムをデジタルにするかフイルムにするかの選択は、歯科医の先生方各個における価値観の問題です。フイルムを用いる場合とデジタルシステムを導入した場合には各々利点欠点がありますから、最も患者さんのために貢献できる方法として各個が吟味した結果を採択しているわけです。

  被ばくによるリスクはどのように考えるべきでしょうか。ここでは二通りの例えで話しておきましょう。第一にはがんの発生のリスクです。確かに放射線を大量に浴びるとがんの発生のリスクが増えます。歯科の被ばくでどの程度のがんが発生するかを検討した結果、1年間に日本国民の1人以下ががん病変を生じていると考えられるという推定があります。これは年間1億枚程度の歯科用撮影(小さなフイルムで歯の撮影を行う)と1000万枚のパノラマ撮影による総計からの推定です。がんには放射線によるがん、自然発生したがん、例えば化学物質など刺激によるがん、これらが含まれますが、がんの性状に変わりはなく、各々の症例について原因を特定することはできません。ですからこれはあくまで推定です。しかしながら、非常に少ないリスクしかないことが分かると思います。全ての行動にはリスクが付いています。例えば街を歩くことにも交通事故に巻き込まれる危険が潜在していることを考えれば、「診断」に必要なエックス線被ばくは現在低く抑えられているということができます。

  第二の例えは、自然放射線への年間被ばくについてのものです。我々は生活をしている中で、自然放射線に被ばく(自然放射線被曝)しています。放射性同位元素が環境の中に必ず存在していますし、また、宇宙線という放射線が宇宙を飛び回っていることは、小柴先生の「スーパーカミオカンデ」の話で有名です。歯科医院で行われる撮影による被ばく(医療被曝)の量は、実は、年間の総被ばく線量をさほど増加しているわけではないことが知られています。毎週毎週パノラマ撮影を行うような無謀なことをしない限り、歯科医院における放射線被ばくは安全な範囲の中にあると考えられます。もう一つ、自然放射線量は地域によっては日本の10倍近いところがあります。疫学検査で統計をとり、その地域のがんの発生率を求め、日本のそれと比較検討しますと、がんの発生率は誤差範囲内にある、つまり有意差がないという結果が得られています。数字のマジックであり、実情を反映していない可能性も示唆されますが、現在のところ、有効な考え方であると思われます。さらに、最先端の研究ですが、少量の放射線被ばくが体にどのように影響するかの検討を行っている一部の学者からは、放射線ホルメシス(放射線のホルモン的作用)という考え方も提唱されています。少量の放射線は体に害にならずに逆に益になるという考え方であり、各種の証拠も出されつつありますが、今はまだ研究の成果を見守るべきであると考えられます。

 いずれにせよ、闇雲に体の一部である歯を削ったり、歯肉の切開を行ったりする前に、どのような状況になっているかの確認が必要であることはいうまでもありません。闇雲に処置をするリスクと、診断に潜在するリスクを歯科医師は天秤にかけてからエックス線撮影を行う、それもできるだけそのリスクを減らす努力をしてから行っているわけです。

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