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4.顎関節症の治療はどのようにするのですか

まず、知っておいていただきたい世界的にも認められている治療方法の原則があります。それは治療方法を選択する場合に、その治療による効果がなかったときに、患者さんにその治療による被害を残さない治療(可逆的な治療)を選択すべきであるという考え方です3)。具体的には、かみ合わせを良くするためとして、歯を削る、被せ物をする、歯列矯正をするといった治療(不可逆的な治療)は避けるべきです。このような治療を受けても症状の改善がなかった場合、元の状態に戻すことができません。このような治療を行わなくとも症状を改善させることができます。それはスプリント(マウスピース)、開口訓練、マッサージや湿布、習慣や癖を修正する行動療法などです。

(1)歯科医院での治療

一般的にはスプリント(マウスピース)による治療を行います。これは上顎あるいは下顎の歯列に被せるプラスチックの装置です(図7)。これを夜間睡眠中に使用することで、夜間の無意識かみこみで生じる顎関節や筋肉への負担を軽減させます。痛みが強い時期には鎮痛薬も投与されるでしょう。また、痛む部位にして近赤外線レーザーを照射する、あるいは電気刺激をすることで筋肉を自動的に収縮させて血液の流れを改善する場合もあります。多くの場合はこれらの治療によって、症状が消失します。しかし治療開始から2週間経過しても改善傾向がない場合は、担当医に申し入れて専門医へ紹介してもらうといいでしょう。症状の改善がない場合に「歯を削ってかみ合わせを調整しましょう」と提案された場合は、その「咬合調整処置」は拒否することをお勧めします。上にも述べましたように、世界的にはかみ合わせを調整するという不可逆的治療は行うべきではないとされていますし、「咬合調整処置」に関して全世界から研究論文を集め、その治療効果を調べた結果、効果がないという結論を得たうえで、日本顎関節学会の診療ガイドライン作成委員会が2012年に、学会のホームページ上に公表した「顎関節症に対する初期治療の診療ガイドライン」において「咬合調整は行うべきではない」という提言がなされているからです4)

(2)専門医での治療

その患者さんがどのような状態(病態)にあるかを細かく検討し、またその患者さんがどのような原因(病因)をもっているのかを調べ、病態に対する改善方法と病因に対する是正方法とを同時に並行して行います。その治療の大部分は外科的な方法を用いることはない治療ですが、ごく限られたケースでは手術による外科療法が選択される場合があります。外科的な治療には関節鏡を使用した手術あるいは関節を切開して行う手術があります。

(3)患者さんが自ら行う家庭療法

顎関節症の痛みや開口しにくさといった症状の改善には、患者さん自身による家庭でのセルフケアが重要であり、そういったセルフケアを積極的に行うことが世界的にも提唱されています。セルフケアなしで症状の完全消失はあり得ないといっても過言ではありません。逆に言うと、セルフケアによる十分な自己管理ができているなら顎関節症は始まりませんし、治った後の再発もありません。

1) 症状が強い急性期(口を動かさなくとも顎関節や筋肉が痛むとき)の生活上の注意  顎関節症が急に起こったときは痛みが強く、口も手の指1本の幅くらいまでしか開かなくなる場合もあります。そのような時は以下に記載したような生活上の注意を心がけてください。そのようにしているうちに、多くのケースでは数日で痛みがやわらいできて、口の開き方も多少なりとも改善するはずです。そうなったならもう少し積極的な方法を取り入れるようにしてください。

[具体的方法]

10分間を限度として氷水を入れたビニール袋を痛む顎関節の外側、あるいは筋肉の上に当てて冷やしてください。10分冷やしたらゆっくりと開閉口して顎関節を動かすとともに筋肉を引き延ばす動作を繰り返してください。これを1日何回か行ってください。
食品は小さく切り分け大きく開口することを避けるとともに、かみしめが必要な固い食品(特にビーフジャーキー、するめ、フランスパンといった食品のように、かみ切るのにしっかりかみしめる必要があるもの)は避けるようにしましょう。
急に開閉口する動作は、関節をさらに傷つける可能性があるので避けましょう。
あくびをするときはすでに疲れている顎の筋肉で開口を抑えるのではなく、下あごの下に拳骨を置いて開口を抑えるようにしましょう。この方が顎の筋肉への負担を減らせます。
2) 症状が少し落ち着いてから(口を開けたり、物をかまなければ痛みが出なくなったら)行うべきセルフケア

[湿布]

蒸しタオルを5分ほど当てて温めるといいでしょう。

[マッサージ]

親指の付け根(母指球)や2〜3本そろえた指先でゆっくり押し回すようにマッサージするといいでしょう。強くつまんだり、痛みが強まるほど激しくもむのは逆効果です。

[訓練療法]

急性期の痛みが和らいできたら、少し痛みを感じる程度に関節を動かし、筋肉を引き延ばす訓練療法を行うと痛みの改善が早まります。ただ、これはいわゆるリハビリトレーニングですので、自己判断で行うのではなく、歯科医あるいは日本顎関節学会ホームページに公表されている「顎関節症の初期治療のための診療ガイドライン」にある指示に従ってください。

[行動療法]

ご自分が無意識に行っている行動や、姿勢、習慣等が症状を起こしやすくしたり、一旦始まった症状を長引かせているケースがしばしば見られます。そのような問題行動を自分で見つけることは簡単ではありませんが、もし見出すことができたり、あるいは歯科医からの指摘等が得られたなら、その行動を是正することが症状改善に大きく影響するでしょう5)

(4)症状が消失してからの歯科治療

時折、顎関節症の症状が消えていないのに、むし歯治療や入れ歯治療を受けてしまう患者さんがおいでです。症状が消えていないというのはどのような状態かというと、通常の生活をしている中ではあまり不自由を感じてはいないのですが、体調が悪化したり、疲労が溜まってくると口が開きにくくなり、大きく開口しようとすると顎関節や筋肉が痛むという状態です。これは言うなら「隠れ顎関節症」の状態であり、以前の顎関節症から完全には回復していないのです。このような状態にある時は左右にある顎を動かす筋肉のバランスが取れていないために、元々のかみ合わせからずれてかんでいるのです。このようにかむ位置が不安定な状態のままでかみ合わせを作る治療を行ってしまうと、不安定な位置ですから当然ですが、その位置でかみ続けることが苦痛になります。結局はまた治療をやり直すことになるのです。歯科医の中にはそのような状況を判断できない場合もあるため、このような無駄な治療を受けないためには、患者さん自身が顎関節症の症状の消失を確認できる事が必要です。

完全に機能が回復した場合は、最大まで口を開いても痛みはないはずです。両手を使って無理矢理口をこじ開けても痛みが出ません。こうなっているなら回復は完全と言えます。音に関しては残るかもしれませんが、痛みがなく音だけであれば心配はいりません。問題は痛みです。痛みが完全に消えているなら、歯科治療を受けても大丈夫です。顎の開閉運動、そしゃく運動も安定しているはずですので、歯科治療によってもっとかみやすくなるでしょう。また歯列矯正治療を受けて美しい歯並びにすることも可能です。こうしてかみ合わせを良くすることは,原因のところで説明した寄与因子を減らすことにもなりますので、再発のリスクを小さくすることにもなります。

<文献>

1)杉崎正志,来間恵里,木野孔司,澁谷智明,塚原宏泰,島田 淳,玉井和樹,齋藤 高.顎関節症スクリーニング用質問1項目の選定とその妥当性検討.日顎誌. 2007; 19: 233-39.
2)Sato F, Kino K, Sugisaki M, Haketa T, Amemori Y, Ishikawa T, Shibuya T, Amagasa T, Shibuya T, Tanabe H, Yoda T, Sakamoto I, Omura K, Miyaoka H. Teeth contacting habit as a contributing factor to chronic pain in patients with temporomandibular disorders. J Med Dent Sci. 2006; 53: 103-9.
3)American Academy of Dental Research. AADR TMD Policy Statement Revision Approved by AADR Council3/3/2010.
http://www.aadronline.org/i4a/pages/index.cfm?pageid=3465
4)一般社団法人日本顎関節学会ホームページ.http://kokuhoken.net/jstmj/

5)木野孔司.完全図解 顎関節症とかみ合わせの悩みが解決する本.健康ライブラリー図解シリーズ.講談社,東京,2011.

日本顎関節学会 理事
東京医科歯科大学歯学部附属病院 維持系診療科准教授

木野孔司

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