(2)歯のフッ素症(斑状歯)
歯の形成期、永久歯では出生から満8歳までの間に高濃度のフッ化物を含む飲料水を継続的に飲用すると、歯のエナメル質が白く濁って見える、歯のフッ素症 (斑状歯) が発生することがあります。歯がつくられるとき、厳密にはエナメル質の形成時だけエナメル質をつくる細胞(エナメル芽細胞)がフッ化物に敏感に反応し、過剰摂取が続くと体のほかの組織には異常が全くみられなくても、歯が白くなる場合があるのです。
歯のフッ素症の発症の程度および部位は、エナメル質の石灰化時期におけるフッ化物摂取量、フッ化物に暴露する持続期間などにより決まります。審美的に問題がなく専門家でないと検知できない程度の軽微なものから、歯のエナメル質の一部から全部を覆う白斑や褐色斑、さらには実質欠損を示す重度のものまで、様々です。
非常に軽微なフッ素症は、非フッ素性のエナメル質の白斑と比較して鑑別が困難であり、また、過剰なフッ化物でなく、それ以外の原因によって類似の症状を示す場合があります。疫学調査で、歯のフッ素症と判定する基準としてあげられるのは、通常、左右両側に対称にみられ、歯を横断する水平的な縞模様を示す傾向があること、また、小臼歯および第2大臼歯が最も影響を受けやすく、続いて上顎の切歯であり、下顎の前歯が最も影響が少ないことなどです。診査者は、あらゆる歯の形成不全に留意して、その形成不全がフッ素症として典型的なものであるかどうか決定しなければなりません。原因となるフッ化物の供給源、とくに対象者の飲水歴を確認して、白斑がフッ素性かどうかを判断するのです。
歯のフッ素症を評価する指標としては、Deanによって開発された指標が広く用いられています。WHOは、Deanの指標とその基準を疫学的調査の際に適用することを奨めています。Deanの指標を用いて地域における歯のフッ素症の流行程度、または歯のフッ素症の公衆衛生的意義を表わすために、地域歯のフッ素症指数(CFI)が用いられています。CFIが0.4以下であればその地域は歯のフッ素症の非流行地であり、0.6以上であれば流行地、0.4〜0.6では境界としてみなされる地域として判定されます。
フロリデーション地域(水道水フッ化物濃度調整地区)での歯のフッ素症は、発現したとしても軽微なものであり、歯の機能、すなわち日常生活における見かけや美容上の問題はなく、公衆衛生的に全く問題がないレベルとされています。飲料水中のフッ化物濃度、歯のフッ素症、およびむし歯予防の関係を立証したDeanによる1930〜1940年代の一連の疫学的研究によれば、飲料水中フッ化物濃度が至適濃度付近の地区で生まれ育った12〜14歳児で、そのフッ化物濃度が0.9ppmの場合に12.2%、1.2ppmの場合に15.0%の「非常に軽い」および「軽い」歯のフッ素症が発現しました。しかし、温暖な地域における一般的な水道水フッ化物添加の至適濃度である、およそ1ppmの飲料水中のフッ化物濃度では、むし歯は有意に減少し、歯のフッ素症は軽微な状態にとどまるのです。そうした歯のフッ素症は、専門的な訓練を受けた診査者以外では、気づくこともない非常に軽いカテゴリーに限定されており、日常生活においてなんら障害をもたらすものではなく、また、歯のフッ素症を所有する人がそれに伴うなんらがの全身的な障害をもつものでもありませんでした。
英国における調査では、フロリデーション地域と非フロリデーション地域では、非フッ素性白斑の発現がそれぞれ24%および47%と、非フロリデーション地域の方が多く発現していました。また、日本における研究で筒井らは、むし歯の初期に現れる脱灰性白斑とフッ化物以外の原因によって起こる特発性白斑とを併せて非フッ素性白斑とし、これら白斑の発現と飲料水中フッ化物濃度との間に負の有意な相関関係がみられたと報告し、飲料水中のフッ化物によって非フッ素性の白斑の発現が抑えられるという現象は、フッ化物が良好なエナメル質形成に寄与するという理論と、初期の脱灰に対して積極的に再石灰化を促進させるという理論の反映であると考察しています。これらのことから、歯のフッ素症を評価する際には、むし歯の問題や非フッ素性白斑の発生を考慮することなしに、歯のフッ素症の発生を抑えればよいということにはならないようです。