接着
歯科における接着技術の最近の進歩は著しいものがあり、接着はミニマル インターベンション(最低の侵襲)に基づいた治療の根底をなす重要な技術であります。歯科の接着技術は、コンポジットレジンなどの成形修復材料や歯冠補綴物の合着時における歯質との接着と歯冠補綴物製作時における金属とレジン材料の接着に大きく分けられます。これらの接着は、機能性モノマー(接着性モノマー)と呼ばれる歯科用接着剤が用いられます。機能性モノマーは、日本で世界に先駆けて1975年にクラレメディカルで開発されたリン酸エステル系と呼ばれるPhenyl P(現在では MDP)や1977年にはサンメディカル社のカルボン酸系と呼ばれる4-META、他にも類似した構造のものが主に用いられている。これらの機能性モノマーの片側には、親水性基の水酸基やカルボキシル基が存在し、これらの官能基が歯質のカルシウムと化学結合を生じて接着が生じると考えられています。
歯質はエナメル質と象牙質では構造が大きく異なるため、歯質に対する接着時には、エナメル質に対しては30%程度のリン酸を用いたエッチング処理、象牙質に対しては、機能性モノマーの水溶液を用いたプライマー処理が接着前処理として施され、接着面を粗造化、活性化させ、接着性を向上させています。次いで、有機溶剤中に5%程度溶解させたボンディング剤を塗布し、エアで吹き飛ばし薄い膜にして光照射した後、成形修復材料のコンポジットレジンを充填して、光硬化させ、う蝕 歯の治療が完了します。1980年頃までは、大きな咬合力の負荷される臼歯部の修復には歯科用アマルガムが頻用されていましたが、これは複合材料であるコンポジットレジンの強さが金属であるアマルガムの強さよりも小さいと考えられたためであります。しかし、接着技術の進歩に伴い、接着により歯質とコンポジットレジンを一体化させることにより、強さの小さいコンポジットレジンでも臼歯部で十分機能を果たせることがわかり現在に至っています。しかし、技術的な点からう蝕部位だけでなく健全な歯質を削除しなければならないことも多くありました。現在、接着技術をさらに応用することにより、窩洞 (う蝕を除去した後の修復材料をつめる前の歯の凹部)の形態にとらわれないでう蝕治療を行うことができるようになったことで、歯質の削除量を低減させることが可能となり、現在のミニマル インターベンションに基づいたう蝕治療法へ応用が続いています。
金属に対する接着にも、歯質と同様に接着技術が応用されています。保険治療にも適用されている硬質レジン前装冠という前歯部のクラウンにおける金属フレームと硬質レジンの接着が代表であります。この際にも、前述の機能性モノマーが、メタルプライマーとして金属接着面に塗布されています。しかし、チタンやコバルトクロム合金のように表面に酸化被膜を生成する金属に対しては、良好な接着性を示しますが、歯科用合金として一般的な金銀パラジウム合金や金合金などの貴金属系の合金に対しては接着性が劣っていました。このため、金属フレーム表面には特殊な機械的維持装置(アンダーカット部にレジンを入れて取れ難くする装置)をつける必要がありました。現在では、このような金などの貴金属に結合するチオール基を分子構造に持つ貴金属接着性モノマーが開発され、貴金属製の歯冠補綴物の接着信頼性に対しても向上が図られています。金属接着面の表面処理には、接着面積の増加による接着強さの向上や活性化を期待して、50−110μmの粒径のアルミナ粉末を強い圧力で吹き付けるサンドブラスト処理が施されています。
また、最近の審美性の対する要求から、オールセラミッククラウンが頻用されてきているが、歯科用セラミックスに対しては主成分のシリカに対する接着性の良好な、γ-MPTSというシランカップリング材が通常用いられています。しかし最近では、シリカを主成分としないセラミックスも多く、これらのセラミックスに対してはシリカコートされたアルミナ粉末を用いてサンドブラスト処理を施し接着面にシリケート層を生成させ、シランカップリング剤で接着させるロカテック法の適用が、金属だけでなく歯科用セラミックスに対しても試みられています。
セメント
セメントは、一般には石灰石を主成分とする粉末で、水と練和することにより硬化し、主に建築や土木で使われます。それに対して、歯科用セメントは、酸化亜鉛や酸化マグネシウムあるいはアルミノシリケートガラスからなる微細な粉末とリン酸やポリアクリル酸などの酸性の水溶液を混和させて硬化させます。インレーやクラウンなどの歯冠補綴物を歯の所定の部位に固定し(歯科では合着と呼ばれる操作)、口腔内で歯冠補綴物を機能させるために歯科用セメントが用いられます。また,歯冠補綴物を一定期間の仮止め(仮着)をする際や仮につめておく(仮封)時にも特殊なセメントが用いられます。最近では、より強固な接着性や良好な審美性を期待して、むし歯の欠損部位につめる材料であるコンポジットレジンに組成が類似した、マトリックスレジンに微細な無機質フィラーと機能(接着)性モノマーを数%添加させたレジンセメントも多く出現し、歯科臨床で多く使用されるようになってきています。レジンセメントでは,粉末と液ではなく通常二つのペーストから成っていて,硬化方法も可視光線を照射するだけのコンポジットレジンよりも複雑になっていますが、最近進歩の著しい材料です。