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舌痛症の発症機序

前にも述べましたように、現在までのところ、舌痛症の明らかな原因はわかっていません。若い女性や男性には少なく、月経停止や閉経後の女性に多くみられることから、性ホルモンを介した何らかの内分泌機能異常が影響しているのではないかと疑われています。また、舌痛症の患者さんには、心理的ストレスを抱えている人が多く、社会心理的な要因が発症にかかわっていると考えられてきました。しかし、最近の研究では、ホルモンの異常や心理社会的な要因だけでなく、さらにいろんな要因が複雑に絡んでいることがわかってきました。脳のMRIを用いた研究では、痛みを調整する脳の機能に変化が生じていることもわかっています(図2)。

舌痛症は更年期障害それとも心の病気?

事実、閉経後の舌痛症患者では、唾液中の卵胞ホルモンが減少していることが知られています。前述の心理ストレスとの関係では、急性のストレス環境下では、いわゆるストレスホルモンと呼ばれるホルモン類の血漿濃度が上昇することが知られており、HPA (視床下部−下垂体−副腎) 軸と呼ばれる内分泌系を介して痛みの調節にかかわるモノアミン系に影響が及ぶことが考えられます。このようにホルモンやモノアミンの変化が痛みの発現に関与することは広く知られていますが、これらのことは舌痛症に限らず、他の慢性痛に共通した病態でもあります。事実、年齢と性を一致させた舌痛症患者群と健康成人対照群を比較検討した研究では、いずれの群においても血漿中のストレスホルモンの濃度はうつ傾向の強さと相関関係を示すものの、この変化は舌痛症の発症に特有のものではないと報告されています。結局のところ、舌痛症のような特発性の痛みにおいて、性ホルモンやストレスホルモンの変動が、病態の発症、維持に具体的にどのような影響を及ぼすのか、詳細は明らかでないというのが実情です。一方、舌痛症では、免疫系の応答にも変化が現れることが報告されています。舌痛症の患者さんでは、リンパ球の一種であるCD8 (+) 細胞数が減少し、CD4/CD8比が上昇します。また、唾液中のCD14やToll様受容体といった細菌の内毒素に反応する自然免疫系の活性が亢進していることも知られており、内分泌系の変調にともなって、免疫系にも変化が生じているものと考えられます。

本当に舌には問題はないの?

地図状舌、溝状舌という舌の形態異常があります(図3)。溝状舌などは舌が割れていていかにも痛そうに見えますが、これらの形態異常は、痛みと直接関係がありません。溝状舌自体は生まれつきのもので、通常は何ら自覚症状を有しません。また、地図状舌は、舌に白いレース用の白斑が生じるもので、この白斑は形態を変えて移動します。どうして白斑ができるのかはわかっていませんが、通常はこちらも無症状です。しかしこれらの舌を有する患者さんは、しばしば舌に痛みを訴えるようになることがあり、時に舌痛症の診断基準を満たします。しかしながら通常の舌痛症と異なり、これらの形態異常に伴う舌痛は自然寛解することが多いので、おそらく別の機序によって舌痛が生じているものと考えられます。

近年、舌痛症の患者さんでは口の中の感覚にわずかな変化が生じていることが問題とされています。舌痛症患者さんで詳細な感覚の検査を行うと、口の中でわずかに感覚の鈍麻が起こっているという報告があり、この領域の感覚をつかさどる三叉神経に刺激を加えて瞬目の反射を見た研究では、この反射が亢進している患者さんと抑制されている患者さんがみられました。また、舌痛症患者さんでは、後述のように味覚の異常を訴える患者さんが多いのですが、舌痛症の患者さんの舌の組織を見た研究では、味を感じる味蕾が消失しており、味蕾に至る細い神経線維が著しく少なくなっていることが示されました。このこともまた、舌に分布する鼓索神経という感覚神経の機能異常を示唆するものです。このように、舌痛症では、口の中の神経の形態ならびに機能に障害がみられることから、「神経障害性疼痛」と呼ばれる神経自体の傷害に基づく病変ではないかと考える研究者もいます。しかしながら、この件にしてもまだ研究が緒に就いたばかりで、その実態はわからないことが多いのです。

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