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男性のお歯黒

わが国において歯を染めるのは、もっぱら女性の風習であったが、のちには一定の身分ある男性にもこの風習が伝わった。男性が女性のように歯染めする風習ができたのは鳥羽院の時代からということが定説になっているようである。これも醍醐天皇と同じような話である。

写真5
お歯黒用具。渡し金とそのほかの器具、お歯黒筆。年代不詳。(日本大学松戸歯学部歯学史資料室所蔵)

鳥羽上皇はたいへん歯が悪く、むし歯で人と話をすることをきらった。臣下のものは、政務のご裁可を仰ぐのにもなかなか会っていただけない。そこで公卿一同、歯にお歯黒をして、「わたくしたちもこのように歯が黒く悪いのでございます」ということから、公卿たちがお歯黒するようになったというのである。ただし真偽のほどは不明である。ともかく男性のお歯黒は、はじめは公卿のみであったが、のちに平家が台頭してくると、平家の武将も公卿にならって、お歯黒をつけるようになった。

お歯黒は官位の象徴ともなり、官位五位(諸太夫)以上のものがつけることを許され、六位以下のものは「青歯者」「白歯者」といってお歯黒をつけることを許されなかった。

鉄漿(かね)つけ道具(写真5)

1. 耳盥(みみだらい)または角(つの)だらい(半挿)

2. 渡し金(みみだらいの上にのせ、筆などをおく)

3. 五倍子粉(ふしの粉)、ふし入れ

4. かねわかし、かねつけ碗

5. お歯黒壺(かねつぼ)

6. うがい碗

7. お歯黒筆(かねようじ)

1 )普通は柳の木の先をたたいた房楊枝。

2 )田舎では杉の皮をそいだもの

3 )鳥の羽根などを用いて自分でつくる(羽楊枝)。

4 )高級なものは、3種類の羽根(鶴、雉子、おしどり)を束ねてくくり、その寸法も決まっていたという。

8. 鏡

 これらのものは、お歯黒箱、または長箱といわれる化粧箱(鉄漿つけ道具入れ)に納められ、上流階級の人の使用した高級品になると螺鈿(あおがい細工)や蒔絵の豪華なものもあり、一本一本の筆まで定紋がついていたといわれる。

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