目 次
口臭症
この項目からは、歯科心身症として特徴的な疾患を個々に取り上げます。
口臭については、このHP上に症状、原因、対処法がありますので、そちらを是非ご覧ください。近年は唾液分泌が減少しドライマウスと言われる状態も増えており、その症状の一つとして口臭が生じます。
歯科心身症の口臭症は、実際には口臭が生理的範囲内なのに、自分には強い口臭があり、その口臭が他人に迷惑をかけていると考えている状態です。これを心因性口臭とも言います。また、最近ではこのような方は「口臭恐怖症」とも言われます(以前は自臭症と呼ばれていました)。
「一日中口臭が気になる」
「自分の口臭で他人が顔をそむける」
「人のしぐさで自分の口臭が臭っていることが分かる」
「口臭が気になって人と話ができない」
「言ってはくれないが、皆自分の周りの人は私の口臭に気付いている」
など、口臭を一日中感じるだけでなく、口臭のせいで、職場・学校・家庭でいろいろな障害が生じ、日常生活に支障がある方は歯科心身症の疑いがあります。
まずはかかりつけの歯医者さんで相談してください。専門的に口臭治療に取り組んでいる歯科医院では、口臭測定器で客観的な口臭測定を行います。その結果口臭が測定されなければ、「歯科心身症の治療法」で紹介した治療法を行っていきます。
口臭症の方は、人知れず長期間悩んでおられる方が多く、中には30年以上悩んでいる方もいます。「口臭なんかで受診するのははずかしい」と考え歯科を受診しない方が多くいらっしゃいますが、是非、思い切って歯科医院を受診されることをおすすめします。
舌痛症
舌に異常はないのに、舌の痛みがずっと続く状態です。
「一日中、舌の先がぴりぴりする」
「片側の舌の縁が刺されるように痛い」
「舌全体がやけどのように痛い」
「以前は何でもなかったのに、奥歯を治療してから舌にこすれて痛い」
など、舌に関する痛みが長く続くのですが、歯科で良く調べてもらっても、「特に問題なし」、と言われます。舌痛症は「食事中は痛みを感じない」「人と話をしていると感じない」「何かをやっている時はあまり感じない」「ぼーっとした時に一番痛みを強く感じる」「飴やチューンガムを口に入れておくと痛みがへる」等の特徴もあることが多く、さらに舌の痛みから「舌の癌ではないか?」と強い不安を持つ方もいらっしゃいます。
舌痛症は、何らかの歯科治療後に発症したり、突然痛みが生じたりします。日によって痛む部位が、変化することもあります。また、舌以外の口唇、頬の内側、上あごの真ん中等に変化することもあります。舌痛があると歯の突起が気になり、歯科でこの突起を削って丸めても、舌痛症の痛みは変わりません。口内炎のお薬を付けたり、うがい薬で良くなる場合もありますが、頑固に痛みが続くことも多いようです。
まずは歯医者さんに相談し、舌の状態を良く観察してもらいます。舌の炎症などがあれば軟膏やうがい薬を使用します。舌に異常が見あたらない場合、大学病院などを紹介してもらい、より詳しい検査をします。舌癌があるかどうかは、口腔外科で診断してもらうことになります。この過程で、お口のなかのカンジダ菌により舌痛が起きていたことが分かり、お薬で治療することがあります。それでも痛みが続く場合、精神に働きかけるお薬を中心に漢方薬なども使用します。次項で説明するように、痛みは、痛い部位に必ず原因があるとは限りません。神経の途中や脳内で痛み刺激が生み出されるので、少量の向精神薬が効果的です。
痛みが長期間継続し、精神的にうつ状態になると、治りが悪くなりますので、うつ状態の改善を、精神科や心療内科に依頼する必要が生じることもあります。
慢性疼痛
歯や歯ぐきなど口の中の一部または全部が痛くなり、長期間続く状態です。
非定型顔面痛、非定型歯痛、疼痛性障害とも呼ばれます。
抜歯や歯の神経の治療などの歯科治療がきっかけとなることも多く、その場合、歯科治療に問題があったのでは?と考え何度も歯の治療を繰り返しますが、良くなりません。
「歯が一日中朝起きた直後から痛い」
「歯を抜いた後、何カ月も痛い」
「痛みが気になって仕事が進まない」
など、舌痛症のように、ある部位の痛みがずっと続くのです。痛む部位とその周辺を精査しても原因になるものは見つけられません。どちらかというと、鋭いずきずきする痛みより、重苦しい鈍い痛みが主で、「しめつけられるよう」「痛いというより苦しい」と訴えられます。痛みのある部位に刺激を加えても、痛みが強くなったりはしません。
食事中や何かに集中しているときは痛くありませんし、痛みのせいで寝られないことはありませんが、目が覚めた直後から痛みがあります。
精査の結果、その部位に痛みを生じる異常がない場合、慢性疼痛が疑われます。慢性疼痛は、三叉神経痛(電撃のような痛みが走る)との鑑別も重要で、痛みに詳しい歯科の先生か、大学病院・総合病院の口腔外科・麻酔科で調べてもらいましょう。
痛みについては、伝わり方(伝達経路)を考えると3つのパターンが考えられます。
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図3 いろいろな痛みの伝達 |
侵害受容性疼痛は一般的な痛み伝達です。何らかの刺激が知覚神経末梢の受容器を刺激し、知覚神経を通って脳に痛みの信号が送られます。神経因性疼痛は、末梢の受容器に刺激が入らなくても、知覚神経の障害により知覚神経自身が痛みを作り出し、脳に痛み刺激を送っています。神経の異常なので痛む部位をいくら治しても、痛みは変わりません。さらに心因性疼痛では痛みの刺激が脳の中で作られる状態で、これも痛む部位には異常がありません。神経や脳内の伝達に異常があるので、精神に働きかけるお薬、特にうつ病のお薬の効果があるといわれています。歯科では口腔外科、歯科麻酔科、心療歯科などで対応してもらえます。
かみ合わせの異常感
上下の歯のかみ合わせが、おかしく感じられる状態です。かみ合わせの影響で身体中の不調が生じていると思い、種々のかみ合わせの治療を受けてしまうこともあります。
「かみ合わせが、おかしい」
「正しいかみあわせが、分からない」
「どこで噛めばよいか、分からない」
「かみ合わせが、とにかくしっくりしない」
などかみ合わせに関して、いつも気にしている状態です。
ある日突然、かみ合わせをおかしく感じる方、歯の治療後からおかしくなる方、TVや雑誌でかみ合わせの記事を見てから気になりだした方、などきっかけは様々です。
実際にかみ合わせに異常があり、歯科のかみ合わせ治療で治る方もいらっしゃいます。一方で歯科医から見て大きな異常は無いにもかかわらず、かみ合わせの異常を強く訴えたり、かみ合わせの影響とは考え難い症状とかみ合わせの関連を訴える方もおります。この異常感が歯科心身症の場合は、かみ合わせの治療を受けても治らず、症状はかえって悪化することもあります。
図2に示すように、かみ合わせに「とらわれ」てしまって、一日中かみ合わせを意識している場合、かみ合わせを感じる歯の感覚が鋭敏になり、ちょっとした歯の接触の変更を受け入れられなくなります。また、不安が大きくなるので、ますます感覚が鋭敏になり、かみ合わせが落ち着く状態が分からなくなります。
このような場合は、かみ合わせの治療だけでは治りません。「歯科心身症の治療法」に示す心理療法や薬を使った、心理面からのアプローチで、かみ合わせの異常感がなくなる方も多いようです。できるだけ専門家に診てもらうようにしましょう。
顎関節症
顎関節症については、このHP上に症状、予防法が掲載されていますので、そちらをご覧ください。顎関節は左右耳の前付近にある関節で、食事や会話など口を動かす時に必ず使っている部分です。
「口が開き難い」
「顎を動かすと痛みがある」
など、顎関節に異常が生じ、口が開きにくくなったり、動かすと痛みが生じること、また顎を動かすときに音が生じることを顎関節症といいます。
顎関節症はストレスと関連して起こることがあります。ストレスがあると日中や睡眠中に、食いしばり・歯ぎしりを起こし、これが顎関節の負担を大きくし、さらに顎を動かす筋肉にも影響します。ストレスの影響が強い顎関節症は歯科心身症の顎関節症といえます。ストレスをコントロールするためには、心理療法を受けたり、精神に働きかけるお薬を使って不安や緊張をやわらげる、などの対応法があります。実際に顎の関節やかみ合わせ、かむ筋肉に異常がある方もおりますので、まずは顎関節症専門家や顎関節症に詳しい歯科医院の受診をおすすめします。
口腔の異常感・セネストパチー
痛みではなく、なんとなく変、なんとなく気になる、歯の上に何か載っている、お口の中に何か出てくる、顎がゆがむ、等お口の中の異常感が生じている状態です。「つばがねばねばする」は唾液の異常が疑われ、「味が変」は味覚異常がうたがわれますが、検査の結果、唾液や味覚異常がないのに症状が続きます。
さらに「歯の上にキャラメルのようなブヨブヨしたものがのっていて気持ち悪い」「ナイロンの糸のようなものが出てくる」「ビーズの玉のようなものが出る」「金属のようなものが出てくる」「顎が頭の方にめりこむ」など多彩ながら具体的な症状を訴える方もいます。
お口の中を鏡で見ても、その異常は見つけられないが、異常があることを確信しています。症状を歯科医に理解してもらえず、一人で非常に悩んでおられる方もいます。
このような異常感をセネストパチー(体感異常症、体感幻覚症)と言います。
お口の中はとても敏感で、いろいろな刺激を常に感じています。このいつも感じている感覚が何かのきっかけ(歯科治療も含まれる)で異常感に変化し、実際のお口の中で感じている感覚との違いに困惑している状態です。脳機能の何らかの異常が関連しているものと考えられています。現在、最新の脳機能検査機器を使用した研究により、セネストパチーと脳機能の関係が究明されつつあります。
治療としては、他の歯科心身症と同じく、心理療法、薬物療法が行われます。「こんなことを言ったら、歯医者さんに取り合ってもらえないかもしれない」と一人で悩まれている方もいらっしゃいます。まずお近くの歯科医院でご相談ただくか、総合病院の口腔外科、大学病院でご相談ください。
歯科治療恐怖症
歯科治療恐怖症(歯科診療恐怖症)の方は、以前に受けた歯科治療が精神的外傷(トラウマ)になり、恐怖症になっている方の状態です。
歯科の診療は成人でも好きな人はいないと思います。しかし、お口の中や周囲に不具合があれば、歯科を受診し、多少怖くても我慢して治療を受けます。最近ではいろいろ患者さんにリラックスしていただいた状態で診療を行う歯科医院も増えています。
しかし、一度精神的外傷(トラウマ)になってしまうと、不安が強くなり、歯科に行くことを想像しただけで息が苦しくなる、などの症状が起きてきます。
「怖くて歯科医院に行けない」
「歯科医院に行っても、診療台に座れない」
「スプーンは口に入れられるけど、歯医者さんが使うミラーは口に入れられない」
「歯科の簡単な治療でも、息苦しくなり、長い時間口を開けていられない」
など、自分では歯科治療が必要であることが分かっていながら、身体が反応し、歯科受診できません。
このような方の治療では、徐々に歯科治療に慣れて頂く方法(脱感作)を行います。この方法は患者さんの努力も必要で時間もかかりますが、後々その方が歯科受診することを考え、歯科に慣れていただく方法です。一刻も早く歯の治療が必要な場合は、薬物や笑気ガスで感覚を鈍くした状態で、歯の治療を行う精神鎮静法や、どうしても無理な方では全身麻酔下で歯科治療することもあります。勇気を出して歯科医院で相談なさってください。
精神科と歯科心身症
精神科で診てもらう疾患を精神疾患と言います。うつ病や統合失調症は代表的精神疾患ですが、他にも様々な種類の精神疾患があります。精神疾患は精神的な症状が主な特徴ですが、身体の感覚に異常が生じることもあります。これを精神疾患の身体症状といい、お口の中や周囲に現れる場合もあります。痛みや異常感・違和感がありながら原因が不明瞭で、精神疾患もある場合、これが疑われます。
元々は精神疾患の一症状として表れているので、歯科治療では良くなりません。精神科医による精神疾患の治療が第一番に必要ですので、専門家である精神科にご紹介することになります。
一方、精神疾患の治療では、お薬を使うことが多いのですが、この薬の副作用で唾液が減少し、お口の中で種々の症状を生じることがあります。具体的には口臭や舌の炎症、口内炎、歯周炎などです。精神科医と歯科医が連携を取り、お薬を変更してもらうこともあります。また、歯科では精神科の薬を飲んでいることを、隠さずお話していただければ、対応策に早く取りかかれます。
脳機能と歯科心身症
最近、f−MRI,PETなど脳の機能を調べる検査機器がより精密になってきました。機器の進歩により、いままで良く分からなかった、脳の働きが解明されつつあります。歯科心身症と脳機能異常の関係が明確になれば、歯科心身症の治療がより進歩し、患者さんの苦痛に迅速にかつ確実に対応できるようになるものと予想されています。現在、慢性疼痛やセネストパチーと脳機能の関係が一部報告されています。今後の研究動向から目が離せない状況です。
日本歯科大学附属病院心療歯科診療センター
岡田智雄、石井隆資、大津光寛、大島克郎