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顎顔面領域にみられる習癖(habit)や異常運動(abnormal movement)

顎顔面領域に認められる習癖や異常運動は、顎関節症の重要な寄与因子と考えられています。また、自分の意思とは関係なく現れる異常運動のことを不随意運動と呼びますが、顎顔面領域に生じることはまれではありません。顎関節症の診断並びに治療にあたり、習癖、異常運動に関する基本的な知識を理解しておく必要があるので、そのいくつかを以下に述べます。

1)咬唇癖(lip biting)

小児期によくみられる上顎前歯部で下唇をかむ動作を咬唇癖と呼びます。咬唇癖は上顎前突などの不正咬合を誘発することでよく知られていますが、顎関節症の寄与因子でもあります。咬唇癖は顎関節症と関連し、不安をリラックスさせる働きがあるとも考えられており、不安感、焦燥感及び抑うつ感を解消するために意識的に行われていることがあります。

2)舌癖(tongue habit)

舌尖を上下顎前歯部に押しつける動作を舌癖あるいは舌突出癖(tongue thrusting habit)と呼びます。上下顎前歯部に舌を押し当てることにより開咬などの不正咬合を誘発することが知られています。顎関節症との関連性については、咀嚼筋痛が舌癖と関係するとの報告や、筋痛が舌癖と有意に関係しているとの報告があります。一方、顎関節症の症状と不正咬合においては有意な関連性が認められなかったとの報告もあり、一致した見解は得られていないのが現状です。

舌の側面を歯列に押しつける動作も舌癖のひとつであり、舌の辺縁に上下顎歯列に沿って観察される凹凸の圧痕(舌圧痕)の原因と考えられています。舌圧痕がクレチングなどの非機能的運動と関連している可能性もあるため、注意が必要です。

3)ジストニア

ジストニアは「反復性・捻転性の持続する一定のパターンをもった異常な筋収縮により、姿勢や動作が障害される病態」と定義されています。ほとんどのジストニア原因不明の特発性のもので、全身性ジストニアと局所性ジストニアがあります。頻度としては、局所性のものが全身性のものより10倍多いと言われています。局所性ジストニアである口顎部ジストニア(oromandibular dystonia)は、咬筋、外側翼突筋、顎二腹筋、広頸筋、舌筋、口輪筋、頬筋等に生じると報告されています。通常、ジストニアの診断は症状に特徴があるので難しくはありませんが、軽傷の場合には度々他の疾患に誤診されていることがあります。例えば、眼瞼痙攣はドライアイ、痙性斜頸は肩こり、口顎部ジストニアは顎関節症と診断されやすいので注意を要します。

口顎部ジストニア患者に顎関節症がしばしば生じることが報告されており、ジストニアによる不随意収縮が二次的に顎関節症を引き起こしている可能性があります。また、元々顎関節症があり、その後ジストニアを発症した症例の存在も考えられます。口顎部ジストニアは、顎関節症との鑑別診断が必要です。

4)ジスキネジア(dyskinesia)

ジスキネジアは異常行動を意味し、自分の意思に関わりなく体が動いてしまう不随意運動を言います。口腔領域で認められるものは口腔ジスキネジア(oral dyskinesia )と呼ばれ、「主に舌、口唇及び下顎の制御不可能な不随意運動」と定義されています。口腔ジスキネジアの症状は、口をすぼめる、口をとがらす、舌鼓を打つ、吸い込む、口唇をなめ回す、口をもぐもぐ動かす、舌を突き出す、あるいは下顎を咀嚼運動のように動かすなどがあります。口腔ジスキネジアの合併症としては咬耗、歯や義歯の損傷、無歯顎患者の進行性骨欠損、口腔の痛み、顎関節の退行性変化、顎関節脱臼、摩擦・咬傷(舌や頬をかむ)、発語障害、嚥下障害、咀嚼困難、不十分な食物摂取と体重減少、可撤性義歯の偏位や維持力低下及び社会的機能障害(失業、孤立、うつ病)などが挙げられており、顎関節症の原因となる可能性があるため注意が必要です。

ジスキネジアは明白な原因がなく、中枢性に生じる特発性のものと薬物誘発性のものとに分類されます。特発性口腔顔面ジスキネジア(spontaneous orofacial dyskinesia)の原因としては統合失調症、アルツハイマー、認知症、自閉症、精神薄弱など様々な中枢神経系の病態が関与していると考えられています。また、不適合な義歯の装着が、特発性口腔顔面ジスキネジアの危険因子であるとの報告もあります。口を大きく開け、会話する、あるいは食物を咀嚼することにより不随意運動が軽減あるいは消失し、夜間睡眠時には消失します。

薬物誘発性ジスキネジアとして、抗精神病薬や抗パーキンソン病薬等の長期服用による遅発性ジスキネジアが知られています。抗精神病薬はドーパミン系を遮断し、抗パーキンソン病薬はドーパミン系を賦活することにより異常運動が出現すると考えられていますが、詳細なメカニズムは不明です。

5)薬物誘発性異常運動(drug induced movement disorder)

薬物誘発性異常運動は一般に処方された薬、違法な薬あるいは興奮性の薬の使用で起こる錐体外路症候群です。前述の遅発性ジスキネジアは抗精神病薬や抗パーキンソン病薬による薬物誘発性異常運動です。うつ病や不安障害で処方される選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)もブラキシズムの原因となることが報告されています。また、メタンフェタミンやコカインなどの違法薬物もクレンチングやグライディングの原因となると言われています。

参考文献

  • 馬場一美、顎口腔系の非機能的運動・習癖pp 43-47、一般社団法人日本顎関節学会編「新編 顎関節症」、永末書店(京都)2013
  • 睡眠時ブラキシズム研究のClassic Evidence−その歴史的・学術的背景から最新の研究成果を学ぶ−pp 156-172、馬場一美、葭澤秀一郎、酒井拓郎、クインテッセンスTMD YEAR BOOK 2012

神奈川歯科大学 顎顔面外科学講座 教授 久保田 英朗

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