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歯周病と糖尿病

歯周病と糖尿病の関係

1.歯周病治療で糖尿病が改善する!

(1)歯周病治療で糖尿病が改善する仕組み

前項で、糖尿病があると歯周病が進行しやすいことを説明しました。一方で、逆にこうして進行・重症化した歯周病が糖尿病の血糖管理に影響を与えること、したがって歯周病をきちんと治療すると糖尿病も改善するケースがあることが明らかになってきました。歯周病は、歯周病細菌の感染による感染症です。歯周病を起こす細菌の多くは、グラム陰性菌と呼ばれる細菌群に属しています。この群に属している菌は共通して内毒素と呼ばれる毒素を産生します。この毒素は非常に強力であるため、歯周病が重症化して毒素が生体に入り込むようになると、我々の体はこれを排除して何とか体を守ろうと努力します。重症化した歯周病では歯の周りの組織が弱くなって容易に出血するようになるため、歯周病細菌の塊が直接生体に入り込むようになります。この時、生体がこの細菌群の塊と接する面積がちょうど掌サイズになると見積もられています。つまり、掌の大きさの傷を負い、そこから毒素が体に入る状況が維持されます。この時、体を守る免疫システムを高度に活性化する物質を多量に産生します。特に、内臓脂肪組織でこの物質を多量に産生するようになると言われています。つまり、昔に比べ、若干体重が増加し脂肪組織が成熟してきた方で、この物質がより多く作られることがわかってきました。実は、この物質こそが、前項で述べたインスリンの効きを障害する物質(悪玉物質)と同じものであることが判明しました。つまり、何も高度に肥満を呈していなくても、歯周病のような盛んに内毒素を産生する菌に多量に感染し、毒素が容易に体内に侵入する環境下では、体が毒素を排除する際に、本来太った方の内臓脂肪で産生されインスリンの作用を障害する物質と同じ悪玉物質を作ってしまいます。それが同じようにインスリンの働きを障害してしまうため、血糖が下がりづらい状態になっていることがわかってきました(図4)。これにより、インスリンの作用不足が生じるため、血糖の管理が困難になります。よって歯周病をきちんと治療して、内毒素を排除(生体への侵入を断ってやる)すると、悪玉物質の産生が低下するため、血糖の改善が期待できると考えられるようになりました。

図4 内毒素が体に入ると生体は悪玉物質を産生し、インスリンの効きが悪くなる 高度肥満では脂肪組織から悪玉物質が産生され、インスリンの働きを弱めるが、歯周病菌由来の毒素が体内に入ると白血球がこれを処理してくれるが、その際類似の物質を産生する。
(2)歯周病治療の効果

一般に歯周治療で改善する糖尿病の検査値(先に述べたヘモグロビンA1c)の改善度は平均0.4%くらいと言われています。これは、糖尿病のお薬1剤分に匹敵するという人もいます。したがって、重度の歯周病を併発した糖尿病患者さんは、糖尿病そのものの管理の一環として歯周病を治療するとともに再発予防に努めることが大事です。そのためには、かかりつけ歯科医を定期受診することをお勧めします。最近では、糖尿病手帳に歯科受診の記録も記載できるようになりましたので、これを活用して歯科と医科の主治医との間で連携も取りやすくなっています。

(3)歯周病の影響を受けやすい糖尿病とは?

前述したように、インスリンの働きを阻害するとされる悪玉物質は主に内臓脂肪組織で作られます。広島県歯科医師会、広島県糖尿病対策推進会議、そして広島大学の共同調査から、歯周病の影響を最も受けやすい糖尿病は体格指数(体重[kg]÷身長[m]2)が25 kg/m2前後のややぽっちゃりした重度歯周病を合併した2型糖尿病であることがわかっています。ここに該当する方は、可及的速やかな歯科受診が望まれます。一方で、体格指数が30 kg/m2を優に超えるような高度な肥満の方では、歯周病の影響はあまり顕在化しません。これは、脂肪組織が高度に成熟することによって、それだけで悪玉物質を多量に作ってしまうからと言われています。ただ、このような方では、糖尿病そのものがより悪化し、歯周病の進行を促進する恐れがあるため、同様に注意が必要です。また、日本人成人男性は昔に比べ体格指数が増していますが、太ってきたとはいえ欧米型の高度な肥満はさほど多くありません。その意味からすると日本人は歯周病の影響を受けやすい民族と言えます。

2.高齢者にとっての栄養の経口摂取の意義

(1)噛む8大効能

日本は急速に高齢化社会を迎えました。高齢化に伴って栄養状態が悪化し、これまでとは逆に低栄養が問題となるケースが増えつつあります。低栄養に伴って体の抵抗力が減弱するので、感染が問題視されています。口腔との関連で言えば、誤嚥性肺炎が増加しているため口腔ケアの重要性が社会的にも認知されるようになりました。高齢者とりわけ寝たきりの要介護老人などでは、抵抗力が落ちており誤嚥性肺炎の危険性があるため、栄養を輸液で供給しなければならなくなるケースがあります。もちろん、ケースバイケースではありますが、栄養の経口摂取は糖尿病管理の観点からも大変重要です。

よく噛むことの効用として、しばしば『ひみこの歯がいーぜ』という標語が用いられてきました。これは、よく噛むことの効能には、『肥満予防』『味覚の発達』『言葉の発音がはっきり』『脳の発達』『歯の病気を防ぐ』『ガンの予防』『胃腸の働きを促進』『全身の体力向上と全力投球』があるということで、頭文字を連ねてできあがった標語です。

(2)糖尿病予防の観点から考える噛む効能

実は、これらに加え栄養の経口摂取は、糖尿病の管理の観点からも重要であると考えられるようになりました。前項で説明したように、従来インスリンは、血糖値が上昇した時にインスリン産生細胞である膵臓β細胞がそれを感知して、インスリンを分泌すると考えられていました。ところが、栄養を経口摂取すると、ブドウ糖が消化管で吸収され小腸の壁をすり抜けるときに、腸の上皮細胞が膵臓からのインスリン分泌を促す消化管ホルモンを分泌することがわかってきました。このホルモン(GIPとGLP-1と呼ばれる2種類が知られています)が栄養を経口摂取し腸から栄養素を吸収する際に作用するため、食後のインスリン分泌が一過性に促進されることが判明したのです。人間の体は実に精巧にできており、食物を経口摂取し食後の血糖値が上昇する時点で、ピンポイントでインスリン分泌を促す仕組みが兼ね備わっていると言えます。したがって、栄養の経静脈摂取ではこの消化管ホルモンの作用が期待できないため、血糖のコントロールがやや困難になります。最新の研究成果から、健常な方の食後のインスリン分泌はこの消化管ホルモンの作用によるものが、全体の分泌インスリンのほぼ三分の二を占めることがわかってきました(図5)。膵臓のβ細胞が実際にブドウ糖濃度の上昇を感知して分泌するインスリン量は、全体の三分の一程度にすぎないということになります。食後、血糖が上昇した時点で血中の糖分を速やかに細胞に取り込ませることは大事です。特に高齢者では、骨格筋の働きが衰えるとフレイルやサルコペニアと言った問題が生じてきます。筋肉細胞はインスリンの指令を受けてブドウ糖を多量に取り込み、取り込んだ糖分を身体活動に重要なエネルギーとして利用する重要な細胞の一つです。したがってフレイル等の予防の観点からも経口摂取を可能な限り持続できる環境を整備することが重要でしょう。高齢者型の歯科医療は、従来の健常者を対象とした歯の形態の回復に重点を置いたものから、機能すなわち噛めるという点に主眼を置いた治療体系に移行すべきであるとの中央社会保険医療協議会の提言もあります。まさに高齢者の歯科治療は機能の回復が大事であり、同じ経口摂取でもより多く噛む方が、あまり噛まずに飲み込むように食事するよりも、この消化管ホルモンの分泌が促進されるとの観察研究もあるため、経口摂取は高齢者にとって非常に大事となります。その意味からも、歯周病を予防・治療することが、望まれます。

図5 消化管ホルモン(GIP、GLP-1)によるインスリン分泌促進作用 栄養を経口摂取した際、消化管上皮から消化管ホルモン(GIP, GLP-1)が分泌され、
インスリン分泌を促進する。
これは食後のインスリン分泌量の2/3に相当するインスリンの分泌に関わるとされる。
(3)今後の展望

ただ、この効果が真によく噛むという機械的な刺激によるものなのか、あるいは噛んだ結果として口腔内に栄養素に対するセンサーのようなものがあり、それがより活性化することで消化管ホルモンがいち早く分泌されるのかについては、あまりよくわかっていません。ネズミの話ですが、ブドウ糖溶液を口から飲ませた方が、等量のブドウ糖溶液を胃にチューブを挿入して胃瘻のようにそこに直接注入してやるよりも、インスリン分泌が促進されることが報告されています。やはり口腔内に何らかのセンサーがあるのではないかと推察されます。これらについては、今後の研究成果を待ちたいと思います。

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