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図1 三叉神経の皮枝の拡がり
(上條雍彦 図解 口腔解剖学 4神経学 P854より引用)

口腔・顎顔面の知覚(痛覚、温度感覚、触覚、圧覚など)は主として三叉神経という脳神経が司っています。この三叉神経は脳から三つの枝(眼神経、上顎神経、下顎神経)に分かれ、さらに頭蓋骨から口腔・顔面に出てその知覚を支配しています(図1)。この経路の中で圧迫されたり損傷を受けたりすると、痛みや麻痺のような症状が発現します。

T. 口腔・顎顔面の痛みと異常感覚

口腔・顎顔面の痛みには、@歯と歯周組織の痛み、A顎関節部の痛み、B口腔粘膜の痛みおよびC顎顔面の痛みがあります。

@歯と歯周組織の痛みおよびA顎関節部の痛みに関しては、他のページ(むし歯、歯周病、顎関節症など)を参考にして下さい。

1.器質的疾患に伴う疼痛

これは、炎症や腫瘍に伴う痛みであり、他のページ(口腔外科など)を参考にしてください。

2.神経因性疼痛(ニューロパシックペイン)

神経に障害があるために発症する痛みです。

(1)三叉神経痛

1)原因
多くの症例では、頭蓋内での三叉神経根に対する血管や腫瘍による圧迫が原因とされております。

2)症状
特徴は三叉神経の神経分布に沿って数秒から数十秒の電気が走ったような痛み(発作性電撃痛) が生じることです。触れると痛みが生じる部分があり、洗顔や会話、食事、歯磨きなどで痛みが誘発されます。くしゃみや咳、あくび、嚥下、味刺激などで痛みが発症することもあります(表1)。ただし、血管や腫瘍などの圧迫が画像診断で確認されても、発作性電撃痛のような典型的な症状がなく痛みが鈍いこともあります。また、画像診断で血管や腫瘍の圧迫が認められなくても、上記のような典型的な症状があり、脳神経外科手術を行うと三叉神経根への血管の圧迫が認められ、圧迫を取り除いた結果、症状が消失した例もあります。

表1 三叉神経痛の症状

1. 発作性の電気が走ったような痛み(発作性電撃痛)
2. 痛みの持続時間は数秒から数十秒
3. 洗顔、会話、食事、歯磨き、くしゃみ、咳などで痛みが誘発される
4. 片側性の痛みである。
5. 発症は50歳以上が多い。

3)治療法
・薬物療法
てんかんの治療薬であるカルバマゼピンが最も効果があります。副作用にはねむけ、ふらつき、めまいなどの神経症状のほかに肝機能障害、薬疹、造血障害(白血球減少、再生不良性貧血など)があり、鎮痛効果と副作用の発現状況により投与量を決定します。副作用のため使用ができない症例には、他の薬物を用います。

・外科療法
三叉神経根を圧迫している原因血管を神経と引き離し圧迫を取り除く脳神経外科領域の手術(神経血管減圧術)を行います。

・神経ブロック
罹患した三叉神経にアルコールやグリセリンを注入することにより鎮痛効果を得る方法です。薬物効果が得られない場合や神経血管減圧術の適応でない症例、手術後の鎮痛効果が得られない場合に行います。

・放射線治療
高齢者を含め全身状態が悪く外科療法の適応でない場合に行われる放射線治療でガンマナイフを用います。画像検査で圧迫されている三叉神経根に放射線(ガンマ線)を照射する治療法です。

4)その他
三叉神経痛は他の痛みを伴う疾患、すなわち、歯や歯周病の痛み、顎関節症、頭痛、眼科や耳鼻咽喉科の疾患による痛みなどと鑑別することが重要です(表2)。特に、歯の痛みと間違えて安易に抜歯を行っても痛みは消失しませんので注意しなければなりません。

表2 三叉神経痛との間違いやすい疾患

1. 歯や歯周病による痛み
2. 顎関節症
3. 頭痛(緊張性頭痛、片頭痛、群発頭痛、など)
4. 眼科や耳鼻咽喉科領域の疾患
5. 舌咽神経痛
6. その他(舌痛症、非定型顔面痛など)

(2)舌咽神経痛

舌咽神経は、のど(咽頭)や舌の後ろ1/3の粘膜などの知覚や味覚を支配する神経です。舌咽神経痛は上記の支配領域に生じる発作性の疼痛ですが、頻度は三叉神経痛に比べきわめて少ないようです。

1)原因
三叉神経痛と同様に多くの場合、血管による神経根への圧迫や脳腫瘍などが原因として考えられます。

2)症状
唾液を飲み込んだ時(嚥下時)の激痛が特徴です。大きく口を開けた時や食事時の味の刺激でも痛みが誘発され、痛みの性状は電撃痛や鋭く激しい痛みです。痛みの持続時間は数秒から数分間、舌の後部、のど、耳の後部などから痛みが放散することもあります。

3)治療法
三叉神経痛の治療法に準じ、薬物療法(カルバマゼピンなど)、外科療法(神経血管減圧術)、神経ブロックなどがあります。

(3)帯状疱疹および帯状疱疹後神経痛

三叉神経の走行に沿って発現する帯状の水疱を特徴とするウィルス疾患で、全身にも発現します。

1)原因
水痘・帯状疱疹ウィルス(varicella zoster virus:VZV)の感染により神経細胞が傷害されるため発症します。

2)症状
口腔粘膜や顔面の皮膚などに水疱が発現し、焼けるような痛み、発作性の電撃痛が同部位に発症し、皮膚や口腔内に潰瘍が形成されることもあります。これらの症状が治癒した後の帯状疱疹後神経痛では、患部の持続的な焼けるような痛みに加え、接触痛が特徴です。痛みを生じることのないような軽い刺激で痛みが発現し(これをアロディニアといいます)、歯磨きや飲食、飲水などが苦痛になることもあります。

3)治療法
薬物療法
帯状疱疹の発症初期には抗ウィルス薬を投与します。痛みには非ステロイド系消炎鎮痛薬を使用します。治癒した後の帯状疱疹後神経痛では、三叉神経痛の治療薬のカルバマゼピンや高濃度局所麻酔薬の患部塗布、抗うつ薬などが使用されています。

神経ブロック
血液の流れに関係する交感神経を局所麻酔薬でブロックして血行を改善させる交感神経ブロックがよく用いられます。口腔・顎顔面領域では星状神経節ブロックが用いられます。

理学療法
近赤外線やレーザーの照射、鍼治療などがあります。

(4)外傷などの原因で神経が障害され発症する口腔や顎顔面の痛み

1)原因
口腔や顔面の外傷や手術などで神経が傷害されたために発症する激しい痛みです。

2)臨床症状
持続的で焼けるような痛みや発作性の電撃痛が特徴です。知覚の低下、痛覚過敏、アロディニア(既述)などを伴うこともあります。

3)治療法
帯状疱疹、帯状疱疹後神経痛の治療と同様、カルバマゼピン、高濃度局所麻酔薬の患部塗布、抗うつ薬などの薬物療法、星状神経節ブロック、近赤外線やレーザーの照射、鍼治療などがあります。

(5)心因性疼痛

1)定義と原因
痛みが長く続く場合は精神的因子の関与が考えられるため、口腔や顎顔面の痛みを身体的な因子と精神的な因子に分けて評価する必要があることを米国口腔顔面痛学会では推奨しています。米国精神医学会の診断基準分類の中で痛みと関連が深い疼痛性障害は、1つ以上の体の部位に痛みがあり、その痛みは非常に苦痛を伴い、社会的、職業的に障害を引き起こし、心理的要因が痛みの発生や重症度、悪化、または持続に重要な役割を果たしているとされております。しかし、実際は単なる心理的要因に基づく心因性疼痛のみの症例は少なく、心理的要因に他の疼痛性疾患や精神疾患(うつ病、神経症など)が複雑に関与して痛みを生じている場合が多いようです。

2)臨床症状
口腔や顎顔面領域の痛みは持続的で一日の内でも症状の変化は一定しておらず、さまざまな言葉を用いてその痛みを表現します。さらに全身のさまざまな部位の痛みや異常な感覚も一緒に訴えることがあります。

3)治療法
抗うつ薬や抗不安薬などの薬物療法、自律訓練法、音楽療法、鍼治療や漢方薬を用いた東洋医学的治療法などが行われております。

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