コロナ禍の新しい生活様式のひとつとして、マスクの着用が一般的になりました。マスク生活が長引くことで、「以前は意識したことはないのに、マスクをすると臭いがする」と口臭を気にする人が増えています。 マスク着用時の口臭対策として、マスクに塗布するハッカスプレーや口臭用のミントタブレットなどの商品を、店頭でよく見かけるようになったと思いませんか。 なぜ口臭を気にする人が増えたのでしょうか。マスクを長時間着用することが口臭に何か悪影響を及ぼしているのでしょうか。昭和大学歯学部のスペシャルニーズ口腔医学講座、口腔衛生学部門の弘中祥司先生にお話を伺いました。
「マスクによって口臭が変化したというより、マスクをすることで自分の口臭に気づく人が増えたのです」
開口一番、弘中先生の驚きの回答です。つまりマスクと口臭に因果関係があるのではなく、マスクで気づいた人は、以前から口臭があったということなのです。
「口臭は、吐き出す息、つまり呼気の臭いです。マスクのない状態では、呼気は大気中に蒸散してしまうので、自分で臭いを感じることは、なかなかありません。でもマスクをしていると呼気が蒸散されずマスク内に留まるので、必然的に臭いを感じやすくなります」
さらに「反対に自分の口臭は気になっても、他人の口臭が気になることは減ったのでは?」と弘中先生は続けます。思い当たる方は結構いませんか。理由は、マスクをすることで相手の呼気が届きづらく、そもそも他人の口臭を感じる機会が減少したからです。
「マスクをしていない時は気づかないけれど、マスクをするとなんだか気になる」というような軽度の口臭の主な要因は3つ考えられます。「歯」「歯周ポケット」「舌」の汚れです。
「むし歯はなくても歯垢や歯石は臭いのもとになります。また舌の表面にある糸状乳頭と呼ばれる無数の突起に、食べ物のカスや細菌が溜まっても臭いを発生します。自分では磨けているつもりで、実は磨き残しがあるのはよくあるケース。放っておくと、歯周病に発展する可能性もあります。まずは歯科医院でチェックをしてもらうのがよいでしょう」
小さな子どもの場合は、副鼻腔炎によって臭うケースが多いそうです。また、副鼻腔炎の代表的な症状は鼻づまりや黄色い鼻水など。鼻呼吸がしづらくなり、つい口呼吸が中心になってしまいがちです。そしてこの口呼吸が習慣化すると、今度は新たなトラブルの引き金にもなりかねません。それは、歯並びへの悪影響です。
「平常時の呼吸は鼻呼吸を習慣として、上下の唇も閉じているのが望ましいのですが、口呼吸では唇がポカンと開き、同時に顎も開くことから歯並びや顔つきに影響が生じることがあります。特に新しく歯が生えそろう時期のお子さんには影響が大きいです」
また副鼻腔炎以外にも、子どもが口呼吸のきっかけになるものがあります。実は、それがマスク。大人でもマスクをしながら運動すると息苦しくなりますが、小さな子どもの心肺機能にとっては、平常時でもマスクによる呼吸時の抵抗は結構大きいもの。鼻呼吸では息苦しく、自然と口呼吸に頼ってしまうのだそうです。
「副鼻腔炎が疑われる場合には耳鼻科の受診も考慮してあげてください。マスク生活が長引いていますので、口呼吸が癖になっていないか、口をポカンと開けていないかなど、お家でマスクなしの状態のときに様子を見てあげてください」
ちなみに高齢者の場合は、口腔内だけでなく内臓系の病気が影響するケースもあります。いずれにせよ軽度の口臭が気になったら、まずは口腔内が清潔に保てているかどうか、歯と歯周ポケット、舌の3つのチェックをしてみましょう。続いて効果的なセルフケアについてご紹介します。
歯と歯周ポケットのセルフケアは、歯ブラシだけでなく歯間ブラシやフロスなど、部位にあったツールを活用して、丁寧に磨くことに尽きます。それらの日々の習慣に、ぜひ追加してほしいと弘中先生がおすすめするのは「就寝前の洗口液でのうがい」。
「睡眠中は唾液の分泌量が減ってしまう、もっとも細菌が繁殖しやすい時間帯。歯磨きの後、就寝前に洗口液を使ったうがいで、口の中の汚れをしっかり洗い流しておくことが大切です」
うがいには液体を口に含んで行う“ブクブクうがい”と、喉の細菌を洗い流す“ガラガラうがい”の2種類があります。就寝前は、口腔内の洗浄なので“ブクブクうがい”が適していますので、お間違えのないように。
とはいえ、歯並びは人それぞれ。歯ブラシが届きづらい部位や磨きづらい部位も千差万別です。人によって磨き癖などもあるでしょう。セルフケアだけで100%汚れを除去することは難しいのも事実です。歯科衛生士による定期的なクリーニングが必要です。その際、ご自身の歯磨きの癖などもアドバイスをもらい、日々のケアに活かすとよいでしょう。
続いて舌の汚れケア。「絶対にゴシゴシこすらないこと」と弘中先生。
「舌表面の糸状乳頭は“ビロードの絨毯”と呼ばれるほど繊細な組織。力任せに磨くと傷つき、そこから細菌が入ってしまいます。舌の汚れは、奥から手前へ、1カ所につき1回だけ。やさしく撫でるだけでOKです」
ポイントは舌の汚れが気になっても、1回で全部取り去ろうとしないこと。毎日ケアを繰り返して、1週間後にきれいに汚れが取れている状態を目標にする。それくらい気の長いやさしいケアで大丈夫。けっして舌に痛みを感じるまで、やり過ぎないように注意しましょう。
では、そもそも舌に汚れが溜まらないようにする方法はあるのでしょうか?
実は、“しゃべること”だそうです。人はしゃべるとき、もっとも舌が活発に動きます。動くこと自体が、舌の浄化になるのです。ただしコロナ禍では、会話による飛沫感染はもっとも避けねばならないことのひとつ。なかなか楽しく会話する機会は減っています。そこで、弘中先生のおすすめは、お風呂で歌うこと。
「浴室は閉ざされた空間なので、ひとりで入浴する分には飛沫感染の心配はありません。喉などの空気の通り道になる気管は潤った状態がよいので、湿度の高い浴室環境は適していますし、舌の汚れも落ちやすくなります。入浴は心身共にリラックスにつながるのもよいですね」
ちなみに安静時の場合、男性はあまり唾液分泌量が下がらないのに対して、女性は閉経後に唾液の量が減少します。結果的に舌の浄化力が弱まるので、舌のケアは意識したほうがよいそうです。一方、刺激時は男女ともに唾液量にあまり変化はありませんので、お口を積極的に動かすことが重要だそうです。
さっそく今夜からバスタイムに歌ってみてはいかがでしょう。
セルフケア方法をいくつかご紹介しましたが、口臭が気になった時、皆さんはどのような対策をしていますか?ミントのタブレットや口臭抑制スプレーを常に持ち歩いているという人も多いかもしれません。でも、それは対症療法に過ぎず、根本的な解決になっていないと弘中先生は警鐘を鳴らします。
「たとえば、香水はもともと体臭をごまかすために発展したといわれています。香水をつけた時はよい香りですが、時間とともに体臭と混じり合い不快な匂いを発して、逆効果になってしまうことも。ミントのタブレットやスプレーも同じです。マスク着用時に口臭を感じたら、まずは根本的な要因である汚れを疑って、歯科医院でのチェックと丁寧なセルフケアを心がけていただきたいですね」
ただ最近「歯科医院に行きたいけど、飛沫感染しそう」という先入観から、受診をためらう方もいるのではないでしょうか。弘中先生は安心して受診してほしいと言います。
「医療分野の中でも歯科分野は、コロナ禍のずっと前から飛沫感染を重要視し、さまざまな対策をとってきた歴史があります。コロナ禍でさらに対策は進化しています。たとえば飛沫や唾液を吸い込む機械の『口腔内バキューム』を多くの方が治療中に体験したことがあると思います。大気中に漏れた分も『口腔外バキューム』という機器を活用して除去しています。歯科医師会全体で徹底した飛沫感染対策を実施していますので、どうぞ安心して受診してください」
「マスク生活で、普段はそこまで気にならなかった軽度な口臭に気づくことができたのは、とってもよいこと」と弘中先生は断言します。
「気づくことは、歯周病など深刻な状態に進行する前に、口腔内の清潔と健康を取り戻すチャンスです。これをきっかけにアフターコロナには、口腔の健康も維持でき、爽やかな口臭を持つ方が増えればいいなと期待しています」
弘中祥司 先生
SHOJI HIRONAKA