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将来の再生医療にむけて

前項で紹介した通り、歯の幹細胞が骨髄幹細胞と同じように、あるいはそれ以上に再生医療に有用な細胞であることがお分かりいただけたと思います。

それでは、具体的に歯の幹細胞を再生医療に用いるには、さらにどのような応用法があるのでしょうか。

一つの大きな可能性は、我々歯科医師や患者さんを含めた人類の夢と言っても過言ではない、“歯の再生”でしょう。

1.歯の再生

(1)歯を失うと

若いときには気にすることがなかった“歯”の重要性ですが、年齢を重ねることによってむし歯や歯周病、あるいは事故によって歯を失う機会が増えてきます。また、歯の先天性欠損とよばれ、生まれたときから歯がない患者さんも数多くいらっしゃいます。

すると、歯がないことによる苦痛が、患者さんに降りかかることになります(図6)。こうした苦痛を取り除く治療法として、これまでに入れ歯やブリッジ、最近ではインプラントが知られています。しかし、再生医療による喪失歯の治療は、幹細胞によって歯を再生することが目的となります。

それでは、現在までの歯の再生に向けた取り組みについて紹介しましょう。

(2)歯の再生の取り組み

図7は、私たちの口の中にある親知らずとマウスの歯の対比写真です。現在のところ、歯の再生研究は、いまだマウスを用いた実験動物レベルにとどまっており、ヒトの歯を再生する技術は未だ存在しないのが実情です。これまでの研究は、妊娠マウスの胎内にいる胎仔から採取した歯胚の細胞が使われています。歯胚とは、歯の成長する元になる組織で、石灰化して硬くなる前の、まだ軟らかい組織です。この歯胚をいったん細胞一個一個までバラバラにして、ふたたび細胞のかたまりを作ることで人工歯胚を作製します。この人工歯胚を培養することによって、完全な歯に成長するかどうかが試されてきました。

歯の再生には、歯胚の細胞を用いて人工歯胚を作ることと合わせて、これを培養する方法がとても重要です。一般的には、実験動物に移植する体内培養法と、培養シャーレの中で培養する体外培養法との2つに分けられます。

1)体内培養法
現在の歯の再生法の主流です。マウスの歯胚の細胞で作られた人工歯胚を、実験動物の体の中に移植して歯を成長させる方法です。移植場所としては、あごの骨の中、皮膚の下、お腹の中、腎臓の被膜の下などが使われます。体内に移植すると血流を介して酸素や栄養の供給が期待できるので、歯を育てるには絶好の環境となるのです。
また、人工歯胚の育て方にも種類があり、ひとつは人工歯胚を直接あごの骨の中に移植して、そこに歯が生えてくるのを期待する方法です。もう一つは、最初に上記のさまざまな動物体内の場所に移植をして、そこで成長した再生歯をあごの骨に移植する方法です。
最近ではこうした手法を用いて、東京理科大学のグループがマウスの歯を再生させることに成功しています。
2)体外培養法
もうひとつの歯の再生法は、歯を育てるために動物を使わずに、シャーレ内で培養して歯をつくる方法です。こうして体外で育てた歯を口腔内に移植することで、歯を再生することを目的としています。 最近では、歯の幹細胞と特殊な培養液を用いてマウスの歯冠を培養することで、歯の一部を体外で再生できることがわかってきました(図8)

これまでは動物の体内でなければ歯の再生ができなかったわけですが、いずれ培養シャーレ内で歯のすべてのパーツを再生することができるかもしれません。

(3)再生歯によるインプラント

こうした歯の再生研究の目指すところは、さまざまな培養方法で幹細胞を培養することによって、天然歯と同じ形や機能を再現した“再生歯”を作ることです。そして、この再生歯を新たなインプラントとして用いることで、歯の欠損を治療することを目的としています(図9)

このように、幹細胞を自在に操ることで再生歯を作製し、究極の歯の再生医療となる再生歯のインプラントを実現するため、日夜研究が進められています。

2.全身疾患の治療

これまでに紹介した歯の幹細胞の魅力的な能力は、歯髄再生や歯の再生のような歯科治療に限らず、全身の病気に対する治療効果が期待できることを示しています。

これまでの動物実験において、マウスやラット、あるいはウサギを用いた疾患モデルにより、脊髄損傷、脳虚血、下肢虚血、心筋梗塞、筋ジストロフィー、角膜上皮欠損、毛包欠損など、様々な全身疾患に対する歯の幹細胞の治療効果が認められています。

これらの結果は、骨髄や脂肪の幹細胞と同等の能力を備えている歯の幹細胞が、歯科疾患に限らず全身疾患の治療にも応用できることを強く示しており、医療全般における歯科の重要性が再認識できる事実と言えるでしょう。

3.おわりに

骨髄幹細胞は骨髄穿刺、脂肪幹細胞は脂肪組織の手術的採取など、患者さんから幹細胞を得るためには、少なからず苦痛が強いられます。しかし、歯の幹細胞を用いる再生医療は、必要な歯科治療を行った際に生じた、本来は廃棄されてきた抜去歯を活用する医療です。

本編で紹介した歯の幹細胞の能力は、その他の幹細胞と同じかそれ以上のポテンシャルを秘めていることは明らかです。そして、歯の幹細胞を用いた治療法の有効性と安全性が担保されれば、歯科から発信する新たなコンセプトの再生医療が実現することは疑いようもありません。すると、社会の中で一番身近な病院とも言える歯科クリニックにおいて、様々な病気に対する治療が、自身の歯の細胞によって治すことができる身近な再生医療の未来が描けるはずです。

現在、そしてこれからも、歯の幹細胞を用いた再生医療の研究がますます加速され、一日も早く患者さんに貢献できるような治療法の開発が進むことを、私たちは願ってやみません。

日本歯科大学生命歯学部 発生・再生医科学講座 教授 中原貴

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