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舌痛症とは

「舌痛症」とは、口の中の粘膜面に生じる原因不明の痛みで、「口腔内灼熱症候群(バーニングマウス症候群)」と同じ病態です(図1)。国際頭痛分類第3版では、口腔内灼熱症候群の名前で中枢性顔面痛の一つとして分類されています。舌痛症の定義は、国際頭痛分類第3版に従うと、「口の中のヒリヒリ、カーッとした痛みまたはピリピリした不快な異常感覚が、1日に2時間以上で3カ月以上にわたって連日繰り返すもので、臨床的に明らかな原因疾患を認めない病態」となります。舌痛症は、正確には名前の通り、純粋に舌の痛みを訴える疾患として用いられます。

一方、口腔内灼熱症候群は、舌痛症と同じ痛みが口の中に広範囲に生じうるもので、この点において舌痛症は口腔内灼熱症候群の一症型と考えられます。しかしながら、「舌痛症」の方が広く一般に認知された病名であるため、ここでは口腔内灼熱症候群を含めて「舌痛症」と呼ぶこととして話を進めます。

舌痛症の症状

舌痛症では、痛みが唯一の症状となります。言い換えると、舌や歯肉に明らかな炎症や潰瘍などの病変が存在しており、それが痛みの原因となっているとすれば、それは舌痛症とは診断しません。したがって、舌痛症は患者さんが感じる痛みが全てであり、他人が見ても異常がないので、なかなか理解してもらえない病気です。

舌痛症の痛みの特徴は?

舌痛症の痛みの程度は、時に重篤で、患者さんは痛みのために仕事ができなくなり、日常生活の障害を余儀なくされ、医療機関を受診しなければならなくなります。痛みは、通常起床時から就寝時まで持続しますが、痛みの強さには波があり、痛みのために睡眠できないということはありません。舌痛症の患者さんは、しばしば不安やうつを伴っており、このために睡眠障害を訴えることがありますが、痛みで睡眠できない、あるいは痛みで目が覚めるということはありません。痛みは、心理社会的なストレスと密接な関係があることがわかっています。仕事や家庭での不安や不快な出来事が痛みを増悪させます。心理社会的要因が舌痛症のトリガー(誘因)となることが知られています。自覚される痛みの性質は、持続性でやけるような(ヒリヒリ、カーッとした)痛みであったり、刺すような(チクチク、ズキズキ)と表現される場合もあります。痛みの部位は一般に両側性で、正中(顔の真ん中の線)を挟んで左右にわたります。舌の先端から脇にかけて(舌の上の場合もある)と、歯肉(前歯>奥歯、下>上)、口唇(下>上)、口蓋に見られます。いずれの場合も表層の組織(口腔粘膜)に痛みを訴えます。舌痛症の患者さんは、口の乾燥を訴えることが多く、これに伴って味覚障害を自覚している人も少なくありません。口呼吸や唾液の分泌を抑制する薬剤の服薬やストレスとの関係が注目されるゆえんです。一般に口の中が乾燥してくると、舌や歯肉の粘膜は炎症を起こして痛みを感じるようになります。このような炎症を起こした粘膜は、刺激に敏感で、辛味や塩味などの味刺激にも過敏になりますし、舌や歯肉への機械刺激にも過敏になって、食事が摂りにくくなります。しかしながら、舌痛症の患者さんに共通していることは、不思議なことに食事の間の方が、むしろ痛みは楽になるのです。このため、初診時の面接では、多くの患者さんが「無意識にガムをかんでいる」と話しています。

舌痛症は悪い病気ではないの?

国際頭痛分類の定義にもありますように、舌痛症は臨床的に明らかな原因疾患を認めない病態となっています。つまり、口の中に痛みを生じる他の疾患をすべて除外した後につけられる病名です。このように口の中に痛みを生じうるすべての疾患を除外したのちに、診断が下されるものを、一次性の舌痛症と呼びます。他の疾患を除外したのちに残った病態ですから、もしかしたら、これまでに知られていない複数の疾患の集まりかもしれません。このように同じ症状を呈する不確定な病態の集合を、症候群と呼びます。ですから、舌痛症は、最初に述べましたように「口腔灼熱症候群」という別の名称がついています。一方、何らかの病気が背景にあって、舌痛症と同様の痛みを起こしたものを二次性の舌痛症と呼びます。二次性の舌痛症をおこしうる病態を、表1に示しました。

1. 全身的問題

  • (ア)糖尿病
  • (イ)シェーグレン症候群
  • (ウ)貧血
    @鉄欠乏性貧血
    A悪性貧血(ビタミンB12, 葉酸欠乏症)
  • (ウ)微量元素欠乏症(特に亜鉛)
  • (エ)脳血管障害、脱髄性疾患、ギランバレー症候群等の中枢神経障害
  • (オ)口腔乾燥や神経炎等、口腔痛を来たす薬剤の服用
2. 局所的問題
  • (ア)不潔な口腔環境
  • (イ)悪習癖(舌を歯に押し当てる、唇をかむ)
  • (ウ)不良な(鋭縁のある)補綴物
  • (エ)口呼吸ならびに唾液分泌障害、口腔乾燥症
  • (オ)舌神経・下歯槽神経傷害の既往(歯科治療後、帯状疱疹後神経痛)
  • (カ)放射線治療後
  • (キ)歯科材料アレルギー
  • (ク)扁平苔癬
  • (ケ)口腔カンジダ症
  • (コ)単純ヘルペスや帯状疱疹(帯状疱疹後神経痛を含む)等、ウイルス感染症

表1 二次性舌痛症をおこしうる疾患・要因

舌痛症で受診される患者さんの多くは、悪い病気ではないかと心配されて歯科医院を受診されますが、一般に悪性の腫瘍が痛みのみを症状として舌や歯肉に発症することは非常にまれで、これらの悪性疾患は、潰瘍や“できもの”などの粘膜病変を伴って発症します。舌痛症は、これらの悪性疾患の可能性を除外したのちに下される病名です。かかりつけの歯医者さんで診てもらって診断が明らかでない場合は、専門的な医療機関を紹介されることになるでしょう。舌痛症の診断が下った時点で、悪性の病変でないことになりますのでご安心ください。

どんな人が舌痛症になるの?

舌痛症の発症頻度は、全人口の0.7−3%に発症するとされており、特に更年期の女性に多く発症します。閉経後の女性における有病率は、12−18%とも言われています。過去の報告では、男性対女性の割合は1:8〜1:10です。最近の研究では、舌痛症に限らず、慢性痛に罹患する人には、ある程度の傾向があると言われています。これには、身体的な傾向と環境的な傾向があり、遺伝学的には慢性痛にかかりやすい遺伝子を持った人とそうでない人がいることが報告されています。また、過去に強い心理的なストレスを受けた人は、慢性痛に陥りやすいことも知られています。病気と遺伝子の関係は、日々研究が進んでおり、近い将来、舌痛症と関連した遺伝子が明らかになることも考えられます。

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