特集01

「口を守ることは、命を守ること」

石川県歯科医師会 会長 飯利邦洋先生

特集01 口を守ることは、命を守ること

避難所の訪問歯科診療では、応急処置のほか、1人1人の状態に合ったケア方法の指導、オーラルケア用品の提供なども行った。

飯利 邦洋先生

災害時、“お口のケア”が
命を左右することも

災害時の備えと聞いてまず思い浮かべるのは、水や食料、トイレの確保ではないでしょうか。
実は、「お口のケア」も命に関わるほど大切なもの。

「口の中が不潔な状態になると、細菌が増加し、慢性疾患の悪化や誤嚥性肺炎などの感染症を引き起こし、特に高齢の方にとっては命に関わるリスクになります」

そう語るのは、石川県日本歯科医師会の飯利邦洋先生。
今回は、2024年1月1日、石川県能登半島を中心に甚大な被害をもたらした能登半島地震の際に、「JDAT(日本災害歯科支援チーム)」として歯科保健医療支援を行った飯利先生に、災害時のオーラルケアについてお話を伺いました。

JDAT(ジェイダット)とは?

JDAT(ジェイダット)

JDATは「日本災害歯科支援チーム」(Japan Dental Alliance Team)の略称で、歯科医師・歯科衛生士・歯科技工士などからなる災害支援チームです。
災害が発生した際に、避難所や高齢者施設で、応急的な歯科治療や口腔衛生指導を行うなど、「被災者の健康を守り、地域歯科医療の復旧を支援することなどを目的」に活動しています。
2024年1月1日に発生した能登半島地震では、地震発生当初から県庁と連絡を取りながら、1月7日に出動要請を受けて、まず石川県チームが現地入りして支援を開始しました。

被災者の口腔環境は
どのような状態でしたか?

能登半島地震では、道路が寸断され、物資が届かず、水や電気も止まっている状態でした。
被災者の方々は、「水が使えないから、歯を磨けない」と考えてしまい、口の中に不快感を抱えたまま過ごしている方が多くいらっしゃいました。
避難所での食事は、どうしても炭水化物など糖質が多く、口の中は分解した糖分によって細菌が増え続ける状態になります。さらに、避難生活によるストレスで、普段よりも唾液の分泌が減り、口が乾燥することで細菌の繁殖を招きます。
口の中が不潔な状態になり細菌が増加すると、慢性疾患の悪化や誤嚥性肺炎などの感染症を引き起こし、特に高齢の方にとっては命に関わるリスクになるため、災害時こそオーラルケアがとても重要になります。

避難所で、きちんとオーラルケアが
できていた人は
どのくらいいましたか?

避難所

残念ながら、自分でオーラルケア用品を準備してケアできていた方はほとんどいませんでした。
普段の生活で、1日中歯磨きをせずに過ごすことを想像すると、とても気持ちが悪いですよね。ただでさえストレスがかかる避難所生活では、口腔環境が悪化することは、より強いストレスになり、健康状態の悪化にもつながります。
そこで、私たち支援チームは、水がない状態で歯磨きをする方法など、限られた環境でもできるオーラルケアの方法を指導しました。支援物資として、デンタルリンスやマウスウォッシュを配布しましたが、初めて使うという方も多く、戸惑う姿も見られました。
特に、高齢者などは、非常時に使い慣れていないものに抵抗感を持ちやすいため、普段から使い慣れておくことも、備えにつながります。

具体的に、どのようなものを備えておけば安心ですか?

避難所で備えるもの

まず基本は歯ブラシ。できれば、トラベルセットを普段から携帯すると良いと思います。
水が使えない状態では、すすぐ必要がある歯磨き粉は使えないので、デンタルリンスやマウスウォッシュを使ったケアをおすすめします。
デンタルリンスやマウスウォッシュは、さまざまな種類がありますが、高齢者やお子さんには、刺激の少ないタイプがおすすめです。普段から使ってみて、自分に合うものを選んでおくと良いですね。
歯ブラシがない場合は、口腔用ウェットティッシュやガーゼなどでやさしく拭き取るだけでも効果があります。
また、プライバシーが確保されていない避難所では、義歯(入れ歯)の方が、取り外しに抵抗を感じ、つけっぱなし、外しっぱなしになるケースが多く見られました。入れ歯洗浄剤が使えない状況でも、義歯の汚れを拭き取る、マウスウォッシュで口の中の細菌を増やさないようにするなどのケアが大切です。

普段のケアと備えが、非常時に役立つということですね。

まさにその通りです。普段から正しいブラッシング方法、デンタルリンスやデンタルフロスなどの使い方を身につけ、歯医者さんで定期的にメンテナンスを受けることが、非常時のオーラルケアの質を高めます。
清潔で快適な口腔環境は、被災生活の安心に直結しますので、「防災バッグにオーラルケア用品を入れておく」「日常からオーラルケア用品を使い慣れておく」それだけで、もしもの時の安心がひとつ増えます。
備えることで、災害時にも「いつも通りのケア」を続けることができ、命を守ることにつながります。