
座長 ありがとうございました。宮村副会長のお話は、いったいこの会議で何をやるのか。ぶっちゃけた言い方をすればそういうことだろうと思います。私の理解では、これだけ多くの層の国民、いろいろな立場を代表される方に参加していただいています。歯科医師会をどう捉えるかはいろいろ議論があるかと思いますが、私は専門職能団体であるというかたちで捉えています。
民主党とか自民党とかいろいろなことがありますし、制度上、どうのこうのということもいろいろあります。いま議論していることがそういったことといろいろなところで不可分に結びついていることはよくわかりますが、少なくとも参加されている委員の方々共通のものは、「専門職能団体に国民の側から何を望むのか」という1点に絞って提言すると考えています。これでよろしいでしょうか。
いくつか非常にきわどい話や、相当先まで見たお話はもちろんあります。これはこれで非常に参考になるご意見です。ただ、具体的に政策まで踏み込んだ提言をしようとすると、たぶん簡単な議論では済まないだろうと思います。普通の生活者としての国民の立場から見た場合、「専門家だったらこうしてくれよ」というお話は、ほとんど矛盾なく共通基盤としていくのではないかと理解しています。そういう方向でまとめさせていただくということでよろしいでしょうか。
ありがとうございます。今日決めてしまうわけではありませんが、何らかの叩き台がないとだめだろうということです。実は、角町先生のプレゼンテーションは今日まったく初めて伺いました。あらかじめ聞いていたわけではないのですが、前回のご議論をイメージしながら秋元さんにまとめていただいて私が目を通してというやりとりの中で、何らかの叩き台を出したほうがいいだろうということで今日準備させていただきました。
それが、はからずも角町先生のお話と非常に方向性が似ている。改めて、まとめ上げたものはそう大きな間違いはなかったのだと思っているところです。事務局から配っていただきますが、秋元さんに最初に中身の説明をお願いします。
秋元 なぜ僕が言うかという理由は何もないのですが、これだけの方に集まっていただいて、いったいだれに向かって提言するのか。国民か、行政かということが、最初に呼びかけられた歯科医師会の側で明確ではありませんでした。
それから、どれだけの幅広さでものを言うのか。どういう射程で、どれほどの具体性、あるいは理念を言うのかもはっきりしなかった。どうするんですかと。この人たちは何回も集まることはできないじゃないですかという議論をしてみると、この間、いらっしゃらなかった厚生省元次官の辻先生にも来ていただいて一緒にお話ししたときに、意外なくらいに1つの方向性が見えてきました。それをまとめたものを、いまお配りしているところです。
いま大島先生が言われたように、国民の立場で専門職能団体である歯科医師会に、ひいては日本の歯科医師に対してものを言うという明確なベクトルがはっきりしたほうがいいだろう。「国民に」と言っても、だれが何を聞くのかわからないということをはっきりさせる。どういう幅広さで、どういう射程でということを明確にしたつもりなので、読ませていただきます。
「生きがいを支える歯科に期待し、国民歯科会議は提案する」として、「歯科医師は食を支える家庭医となってほしい」。その説明です。「年を取るとだれもが病人扱いを受けて、最後はチューブにつながれ人工呼吸器をつけて病院で死ぬ。このような事態を私たちはいつのまにか当たり前のことのように受け入れています。しかし、人生の最期まで自分の口で食べて生きることができるコミュニティに暮らすことができたらどんなにすばらしいことでしょう。
80歳の半分の人が20本の歯を持つ社会、『8020社会』は遠からずやってきます。しかし、高齢社会に対応するヘルスセクター全体の転換、すなわち医療から生活の介護に至るヘルスケア分野の構造的転換がなければ、最期まで口から食べて生きることはとうてい実現できません。『食べることを支える家庭医』が核となってコミュニティの多職種のネットワークを構築することができて初めて、私たちは臓器別の医療に取り囲まれた死から生きがいに支えられたやすらかな時間を回復することができるでしょう。
歯科診療所は、厳しい見方をすれば、これまで『歯』の治療、しかも修復治療に偏った医療を担ってきましたが、歯科医療従事者が歯を口腔へ、修復を生活のケアへ、診療の場を地域社会に広げようとしていることに私たちは大きな期待を寄せています。
歯科医療が人々の生命の食を支え、生きがいの食を支え、ほほえみ語り合うコミュニティケアの中核となる可能性を、私たちは多くの国民に知ってもらいたいのです。歯科は、う蝕と歯周病という口腔2大疾患のセルフコントロールにあたって目覚ましい成果を上げています。プライマリーケアにそのような実績を上げている医療分野はほかにはありません。
いま診療室に来院する元気な患者だけを待つ歯科医療の殻を破って、積極的に地域の高齢者の生活の場に出かけるならば、それは高齢社会が求めるコミュニティケアを実現する起爆剤となるでしょう。それによって病院中心の治す医療は流れを変え、家庭医による『治し支える医療』へと根本的な転換が始まるに違いありません」。
歯科医師に期待する。
「加齢とともに衰弱して死に至るという常識を覆し、最期まで自分で食べることのできる生活を支えてほしい。生産者、地域のコミュニティ、医療・介護の多職種の連携の核となって地域の人々の食を支えてほしい。」
「人々の生活を見て、その人の笑顔を求める家庭医であってほしい。」
「胃瘻の造設等経管栄養選択時に内科医は口から食べものを摂る可能性についてかかりつけの歯科医と十分に協議し、歯科医師はそれに応えてほしい」。以上です。
座長 こういう叩き台を用意させていただきました。本当に十分に練ったのかと言われると必ずしもそうではありません。今日は、「こういうことはもっと付け加えるべきだろう」、「こういう文面は具合が悪いのではないか」、あるいは「こういう文章に替えたほうがいいのではないか」という忌憚のないご意見をいただきたい。
今日、これを決めようというわけではありません。聞いて、読んで、何か変だなと思ったらご自由にご意見をご発言いただきたいと思います。いかがでしょうか。
星 非常に格調の高い、すばらしい内容だと思います。細かいところについてはあとでお話しします。先ほど話題にも少し出ましたが、なぜ歯科医療がいままで治療中心だったのか。
フィンランドは人口が500万程度だと思いますが、国立の歯科大学が四つありました。1960年代後半から何をやったかというと、針刺しの(むし歯の)検診をやめました。むし歯をつくるからです。日本はごく最近まで、ずっとやっていました。もう1つは、18歳まで歯科医療費を無料にしました。そうしたら、12歳のむし歯は4本あったのですが、10年足らずの間に1本になりました。結果、フィンランドはどうしたかというと、四つの国立歯科大学の二つを潰しました。つまり、もっと本当のことを国民と共有しない限り問題は解決しないと思います。
いまの日本の歯科大卒業生の国家試験合格率をご存じですか。67.5%です。国家の財政の膨大なお金、1人当たりの養成にたぶん1億円以上かかっているはずです。それを家族が負担するか国が負担するかは別として、こういった問題もあります。
もう1つの大きな問題は、歯科衛生士の3年の養成の問題です。どちらかというと民間で行われていますが、卒業生の実態は皆さん、どの程度ご存じでしょうか。卒業しても年収200万程度で、若い女性にとっては歯科衛生士をやるよりも普通のお店に勤めたほうがよほど給料が高いという現実もあります。
そのほか山のように問題がありますが、その大きな背景の1つが厚生労働省へ行ってやっとわかりました。厚生労働省には地方の医務局を全部入れたら300人近くの医系技官がいますが、歯科医師が何人いるかご存じでしょうか。私がいるときは3人しかいませんでした。しかも最高ポストは課長で、局長にも部長にも審議官にもなれない。これが日本の医療の現実でした。
つまり、日本の歯科の医療が置かれてきた歴史的なところや諸外国との違いをもう少し整理する。別に診療報酬点数を変えろとこの場で決議する必要はまったくないと思いますが、これだけの人材が集まって会議をしているのですから、少なくとも大きな方向性だけは出す。これには反対ではないし、すばらしい内容でまったく賛同しますが、ここに至るまでの背景の資料をもう少しつけて提案させていただくことを提案したいと思います。
細かいことですが、意思決定するのはかかりつけ歯科医師でも医者でもありません。インフォームドチョイス、本人や家族がペーシェントパーソンの前提ですから、一番最後にはぜひ「本人」、「家族」というキーワードを入れていただきたい。
途中の「ほほえみ語り合うコミュニティケアの中核となる可能性」は、可能性ではありません。今日もすばらしい事例があったので、「なりつつある実態」、「これを支えるエビデンスがある」という言葉をぜひ入れていただく。可能性ではなく、長崎だけではなく、すでにいろいろなところで展開されています。歯科医師が県の部長になった新潟県をご覧いただくとわかりますが、子どもの歯のむし歯は見事に、東京以上に少なくなっています。積極的に取り組んでいる自治体は、非常にいろいろな成果が出ています。
静岡県も、長野県とまったく同じくらいの健康寿命を誇っています。そういうすばらしい成果が現場で展開されているところをもう少しみんなで共有しながら、世界の視点からも見ながら、いま歯科医師会は何をしなければいけないのか。歯科のプロフェッショナルは何をすべきか、その背景ももう少し提案したら、この提案はもっともっと生きるのではないかというのが私の意見です。以上です。
座長 ありがとうございます。いかがでしょうか。どうぞ。
中原 ただいまの先生の発言を少し訂正させていただきたいのですが、歯科医師国家試験の合格率は、5年以上前まではだいたい平均して毎年90%でした。先ほど座長からお話があったように歯科医師が過剰だということで、厚労省等の行政サイドが主となって入口を締めるという考え方になりました。「そういうことはしていない」とおっしゃっていますが、結果的には70%を切る合格率になっています。人数にすると、昨年度は1050名が不合格でした。その中の約1割の100人が国立大学卒業生です。
そのほかの件、こちらに書かれていることで国民から歯科医へ何を望むかというお話は、筋立てとしては結構だと思います。ただ、歯科の身になって言うと、あまり一方的に言われても、「これについてはこういう理由がある」というこちらの言い分もたくさんあります。そのあたりもこの中に反映させていただかないと、あまりにも一方的なできあがりのものになってしまうのではないかという危惧を感じました。そのへんを念頭に置いて進めていただければ幸いです。以上です。
座長 ありがとうございました。ほかにいかがでしょうか。どうぞ。
宮村 星先生のご意見に同様の立場というか、担当で言っていいかどうかわかりませんが私もそう思います。いま会長に相談もせずにしゃべっているので言っていいのどうかと思いますが、山口先生が冒頭のころにおっしゃっていただいたことです。
渡辺さんが「角町理事だからできるのか」とおっしゃいましたが、多職種の連携があるとおっしゃいました。厚労省で11回くらいチーム医療推進の検討委員会があって、どういうわけが私が歯科医師会の委員で出席していました。PEGのことも、大島先生にお聞きしたから意見を言いました。
11回の委員会の中で、多職種連携というチーム医療の中で、私は歯科の委員として座っているけれども、極端に言ったら歯科の話はまったく出ません。いくら何でも私たちも多職種のチームの一部でしょということで意見を述べさせていただきましたが、「それはそうだよね」というのは特に看護師さんたちはよくわかっています。では、お医者さんはわからないかというと、わかる。わかるけれども、ほとんど意識の中にない。
星先生のたくさんの背景の中の1つに、内科医はPEGをかかりつけ歯科医と十分に協議検討だけれども、通常、PEGは病院の中だと思いますが病院には歯科医がほとんどいない。全国に確実に1万の病院があるでしょうが、1000しか病院歯科はない。1000しかない病院歯科の中で、歯科医を歯科的関与のチームに使おうとしているところがほとんどない。もちろん静岡県がんセンターや群馬のこともこの間、申し上げましたが、病院の中の歯科をもう少し増やすべきだろうと思います。
歯科が病院の中で相互連携するシステムを最初にやってくれないと、風下に来た在宅で全部やれと言われても、そもそもの意識がそうだからそこを変えないと辛いところがある。そういう背景の部分には星先生が言われるように少し触れてほしいという気がします。
発言させていただいたついでに聞くけれども、クロポチの最初、「加齢とともに衰弱して死に至るという常識を覆し」と書いてあります。加齢とともに衰弱して死に至るのは常識ではないですか。ここがわかりません。







