
生きがいを支える国民歯科会議の第1回の会議は、8月26日、20人の委員のうち16人、6人の内部委員、5人のオブザーバーと日本歯科医師会役員など関係者を集めて開かれた。
「生きがいをもって生きる」という視点から、歯科医療に何ができるのか
第1回会議の冒頭、大久保満男氏(日本歯科医師会会長)はあいさつで、この会議の意義を次のように述べた。
いま日本の医療は、方向性を見失っている。大きな社会の変化の中で、医療の根本的な存在意義が問われている。歯科医療は、歯を削って治す医療というイメージでとらえられているが、実はもっと大きな可能性と広がりを見せ始めている。しかし、この分野の医療の本質と目的について、十分に示すことができていない。そこで歯科医療の外の方々の声に耳を傾け、「生きがいをもって生きる」という大きな視点から、私ども歯科医療に何ができるのかということを、お示しいただくことを期待して、このような機会をもった。
座長に選出された大島伸一氏(国立長寿医療センター総長)は、あいさつとして、「高齢化によって、医療も、介護も、福祉も、もちろん歯科医療も大きく変わる」とし、この会議の委員として「大きな責任と役割を担った」ことをしみじみと感じると語った。
出席委員一覧と大久保会長のプレゼンテーションは、詳しくは別に示すので、参照していただきたいが、豊富なデータを示して、「食べること」を維持回復することから始まる歯科医療の生命や生活機能に与える可能性について提示した。
まず冒頭に、医師に余命2〜3ヵ月と言われた一人の寝たきりの高齢者が義歯の装着によって、半年ほどで庭仕事を楽しむまでに回復したビデオを見せて、8020運動の意図と、むし歯と歯周病の二大疾患の病因を説明し、生きる力を支えることに歯科医療がどのように貢献しうるか、その裏付けとなるデータを示し、「生活を守る医療を確立する」というメッセージで結んだ。
「食べることは生きること」・・・国民運動へと発展する可能性
大久保会長のプレゼンテーションにつづいて、大島座長は、「歯科医療、歯科医師会に感じていること、これからどうあるべきか」について全員に短い発言を求めた。委員らは、会長のプレゼンテーションに対する共感とともに、各々の立場でこの会議に何を望むかを述べた。さらに、感想や意見の範囲を超えて、この会議が検討し、提言すべき内容に踏み込んだ発言も少なくなかった。
松谷満子委員(財団法人日本食生活協会会長)は「食べ方は、生き方の問題だ」として共感とともに連繋した活動を展開する姿勢を明確にし、阿南久委員(全国消費者団体連絡会事務局長)もまた「食べることは生きること」と共感を表明し、松尾幸造委員(シェ松尾代表取締役)もまた、調理法の観点からではあるが、支持を明らかにして、連繋を表明した。伊藤澄一委員(JA全中常務・会長代理)は、JA全中の「健康寿命100歳プロジェクト」の理念と目的が、この会議の目指すものと同じだと述べたが、「健康寿命を延ばす」という共通の理念の下に、生産者と消費者が席を並べて発言する様子は、この会議が国民運動へと発展する可能性を感じさせるものであった。
田中一哉委員(国民健康保険中央会会長)は、理念から一歩踏み込んで会長プレゼンの「歯周病と血糖値のかかわり」と「歯の本数と医療費の相関関係」が国保中央会や全国の自治体として注目すべきものと発言、藤重貞慶委員(日本歯磨工業会会長)はさらに「健康寿命を延ばす」ためにプロフェッショナルケアとホームケアのよい組み合わせ、各ライフステージに応じたオーラルヘルスケアとくに高齢者向けの歯周病ケアを提案すべきと、具体的な施策に踏み込んだ。
「相変わらず人生50年という考え方で、健康人の治療だけをやっている」
歯科医師あるいは歯科医師会に対する厳しい注文もあった。
前野一雄委員(読売新聞東京本社編集局編集委員)は、国民は歯の大切さを知っているが、「では、どこにかかったらいいのか」と依然として歯科医療の考え方や質に大きなバラツキがあることを指摘、松井宏夫(日本医学ジャーナリスト協会副理事長)は、インプラントを例に、国民が悩んでいるのは、どこへ行けばどんな歯科医療を受けることができるか、わからないことだと注文をつけた。
もっとも厳しい発言は、山口建委員(静岡がんセンター総長)が述べた「歯科医師自身が…もっとも大切なことをやっているという気持ちをもっていただきたい」「歯科単独で、相変わらず人生50年という考え方で、健康人の治療だけをやっているにすぎない面がある」とする言葉ではなかっただろうか。長年がん治療の最前線に立ってきた医師が、「経静脈栄養は、食べることには到底及ばない」とする言葉とともに語っただけに、歯科医師自身が口腔の健康の重みに気づいていないのではないか、とする指摘は重く響いた。山口委員は、歯科の領域でも医学領域同様に、選択と集中が必要であるとして、例えば糖尿病や抗がん剤使用患者では集中した治療と正しい知識の普及が求められるが、そのような患者に「口腔弱者」という概念を用いることを提案した。
歯科保健の成功が歯科医師の困窮を導いている現実に憂慮
もうひとつ、議論の焦点になったのは、星旦二委員(首都大学東京大学院教授)が示した、高齢者の生存率をエンドポイントとする興味深い知見である。星委員は、いくつかの大規模追跡調査から導き出した「かかりつけ歯科医師がいる人は、いない人に比べて寿命が長い」「歯茎の腫れやむし歯がない人ほど生存率が高い」という結論を示したが、これについて、多くの委員が高い関心を示した。
またオブザバーの上原裕之委員(シックハウスを考える会)は政策提言の裏付けとなるエビデンスの重要性を強調したが、秋元委員(医療ジャーナリスト)は「生きがい」やQOLをアウトカムとするこの分野では、量的なエビデンスを得ることに本来的な困難性があると注意を促した。星委員は、「世界のグローバルスタンダードから見て、日本の医療制度はどうなのか。世界の政策から見て、日本の問題点はどこなのかというところも」政策提言の論拠に生かさなければ、改革を加速できないとした。
さらに、星委員は、「この会議がより良く機能すればするほど、歯科医師の収入が減る可能性が高い」と発言し、歯科保健の成功が歯科医師の困窮を導いている現実に憂慮を表明した。これは藤重委員の「予防ケアの保険適用」がこの会議の一つのアウトプットとなることを期待するとした発言を支持したもので、ディスカッションのなかで国保中央会の田中委員もまた「たとえヘルスケアで成果をあげても『ニワトリを殺してしまっては元も子もない』」と懸念を明らかにした。
大島座長は、この問題について、財源論を抜きでは、「一生懸命にやればやるほど、自分で自分の首を絞めることになりかねない」が、まずはあるべき姿を議論して、「財源問題については、その理念をきちんと達成するための議論として扱いたい。しかし、いまの田中委員のご趣旨は非常に重要なことなので、これは議論の中で必ず取り上げなければいけない。正面から取り上げなければいけない」と強調した。
会長の冒頭のプレゼンテーションは、歯科保健に軸足を置いたものであったが、この国民会議の議論の行方は、必ずしもその範囲に留まらないものになるであろう。大久保会長自身も、8020の25%(注1)までは「比較的リスクの低い人」だが、30%、50%と伸ばしていくためには、もっとリスクの高い人を対象にしなければならない。つまり健康増進だけではなく、どうしても医療を絡めていかなければならない」と述べ、歯科保健のみならず歯科医療を射程に入れていることを明言し、とくに要介護の高齢者に対しては「待つ医療」から「出かけていく医療」(注2)への転換が課題であるとした。
最後に、松田喬和委員(毎日新聞論説室専門編集委員)から疑問が出された、この国民歯科会議と日本歯科医師会との関係について、大久保会長は「まずご意見を伺う。そして最終的な望みは、ここにご出席をされた皆様方と共同作業ができないか。…国民の健康のために、あるいは高齢社会のためにという大きな目的で」それぞれの立場でお互いが連繋をして事業を展開してもらい、共同作業をお願いしたいとした。
注1. 8020達成者(80歳以上で自分の歯が20本以上ある人)が25%に達している。(出典:「健康日本21」中間報告)
注2. 「待つ医療」とは歯科医院での診療、「出かけていく医療」とは在宅等、訪問診療。
国民会議の今後の課題
大島座長は、最後に委員らの意見をまとめるかたちで、この国民会議の今後の課題として次の6項目をあげた。
1 歯科医療の可能性と国民のもつイメージのギャップの解消
2 医科と歯科にとどまらない、多職種協働による多様な連携づくり
3 理念の明確化
4 生まれてから死ぬまでの口腔ケア(専門職役割/一般人の役割)の確立
5 エビデンスの構築(どこまで必要で、どこまでできるのか)
6 財源や制度の問題
そして、次の会議では、どういうテーマで、どのように議論を進めるかということを提案させていただきたい、と結んだ。
(要旨文責*・秋元秀俊)
*「生きがいを支える国民歯科会議」の報告とするため、大島伸一座長の校閲を経た。





