「朝昼晩」はむし歯予防やお口の中のトラブルに関する情報をイラストや写真で分かりやすく紹介するWEBマガジンです

日本歯科医師会 Japan Dental Association

年3回(4月、6月、11月)公開予定  
制作:日本歯科医師会 
協力:パナソニック

2020年度 歯と口の健康シンポジウム 感染症とオーラルケア

11月8日の「いい歯の日」を前に、日本歯科医師会主催の「歯と口の健康シンポジウム2021」が2021年10月13日に行われました。昨年同様、今年も新型コロナウイルス対策のため、オンライン配信で実施し、第1部では、東京都健康長寿医療センター研究所の枝広あや子氏が基調講演を行いました。第2部では、日本歯科医学会連合副理事長で東京医科歯科大学名誉教授の川口陽子氏と放送プロデューサーのデーブ・スペクター氏による対談が行われ、その模様をそれぞれご紹介します。

第1部

基調講演 健康で豊かな人生を歩むために
「あなたにオーラルケアが必要な理由」

枝広あや子(東京都健康長寿医療センター研究所 
自立促進と精神保健研究チーム 歯科医師)

高齢者ほど、
人生の食べる喜びは重要

近年、現代人の歯の減少は低下傾向にあることがわかってきました。長年続けてきた8020運動の成果でもあるでしょう。高齢者になっても自分の歯を多く残せる方が増えています。


以下は、世代ごとに日々の生活で何を喜びと感じるかを調べたデータです。人生には趣味などさまざまな喜びを感じる瞬間がありますが、高齢者ほど「おいしいものを食べている時」に喜びを感じる比率が高くなりました。

日々の喜びの中の比率
「おいしい物を食べている時」

一方で、年齢を重ねるごとに柔らかいもの以外食べられなくなる方も増えています。食事が何よりの喜びであるのに、食事の内容が限られるのは残念なことです。同様に「体が衰えて買い物に行きづらい」という回答も年齢とともに増加。加齢により心身が衰えた状態つまりフレイルを感じる方も増えているのです。

食生活の気になること(抜粋)

健康的な毎日を送るには、中年期は「生活習慣病」の予防が大切です。そのためには病気の早期発見と早期治療が必要。高齢期に入ると「老年症候群」の予防が重要になります。生活機能、フレイル、認知症・うつ、転倒、低栄養、口腔機能の低下、足のトラブルなど、生活に不具合を起こす可能性のある危険な老化のサインを早期発見し、早期に対処するという新たな視点が必要です。この認知症やフレイルには共通の要因があるとわかってきました。実は、歯周病や口腔機能の低下も要因のひとつだといわれているのです。


若い世代にも
歯周病が増えている

口腔機能が低下する要因のひとつは歯の喪失です。では、歯を失う要因は何でしょうか。

歯を失う原因

2018年公益社団法人8020推進財団第2回永久歯の抜歯原因調査統計表36より作成


実際のデータでは50歳代後半以降の歯の喪失原因として歯周病が急激に増えます。また85歳以上でも、むし歯が原因のケースが30%ほどありますが、これは高齢者の歯の残存数が増えたことでむし歯になる機会も増えているとも考えられます。

歯の喪失の大きな要因である歯周病は40~50歳代の中高年以降に多いといわれてきました。しかし最近では若年層・高齢者層においても歯周病は増加傾向にあります。特に高齢者層は加齢に伴う歯周病菌に対する免疫力の低下も一因と考えられるでしょう。

深い歯周ポケットを持つ人の割合

歯周病は、糖尿病との合併症のひとつともいわれています。血糖値が高いと歯周組織の炎症面積が大きいというデータもあり、糖尿病の悪化にともない歯周病も比例して進行する関係であることがわかります。

いま世界的にも、歯周病と全身の病気のかかわりが注目されています。歯周病を放置すると、呼吸器感染症、骨粗しょう症、早産・低体重児出産、脳梗塞、動脈硬化、心臓病、血行感染、感染性心内膜炎、糖尿病コントロール不良など、全身の健康に影響を及ぼします。まさに歯周病の管理なくして、全身の健康はないといえるでしょう。


咀嚼そしゃく機能の低下で、
人生の豊かさも減少?!

歯を喪失すると、「ものを噛む力=咀嚼機能」は大きく変化します。65歳以上を対象に「しっかり噛める人」と「噛む力の弱くなった人」とを比較して栄養摂取量を調べた研究があります。

地域在住高齢者700名
性・年齢を調整して検討

よく噛めるグループに比べて噛めないグループは、多くの栄養素の摂取量が下回ります。中でも10%以上も差がついているものも多くあり、栄養素としては、たんぱく質や脂質、鉄、ビタミンA、ビタミンCなどが不足しているとわかりました。歯を失い噛めなくなると、自然と柔らかい食品を選ぶようになります。柔らかい食品は栄養素の密度が低いため低栄養の状態になり、結果的に筋肉量も低下。虚弱な状態であるフレイルを引き起こすのです。

すべての歯が揃っている状態から1~2本歯が減った場合、多少は不便があっても生活に支障はないと感じる方もいるかもしれません。しかし治療をせず放置すると食事の度に残った歯に不均等に噛む力がかかるため、歯が移動したり傾いたり、さらには汚れが残りやすくなってしまいます。数年後には歯周病が進んだために、さらに歯を失い、食べ物を噛みにくいという状態を招いてしまうでしょう。また噛まないと噛むための筋肉も低下します。気づかないうちに顎や舌の筋肉、飲み込む機能などが低下して、「ちょっとした口腔機能の低下:オーラルフレイル」を引き起こしてしまうのです。

オーラルフレイルの悪循環

噛めないことが、柔らかいものを好む習慣を生み、さらに咀嚼力が低下して、さらに噛めなくなるという悪循環――。困ったことにオーラルフレイルや口腔機能低下は、身体機能の低下やさらには外に出るのがおっくうになるなど社会的、心理的な側面にも連鎖します。これらを防ぐには、まず些細なトラブルを見過ごさないこと。口腔機能でいえば、硬いものを噛むと疲れたり大福の粉でむせたりするなど気になることがあれば、オーラルケアを見直し、少しでも改善できるように取り組むことが大切です。

口腔の健康は、これまでの生き方の蓄積です。高齢期に歯を失うのは、実は若年期・中年期・壮年期に、よくない習慣や口腔の健康に対する無関心であったことが大きな要因。免疫力や体力のある若い頃の多少の不摂生は、当時はたいしたことがなくても、つけは人生の後半にやってきます。高齢期の歯の健康はけっして遠い未来の話ではありません。気づいたとき、今から大事にケアをしていきましょう。歯はなくても人の価値は変わりませんが、口腔のトラブルの有無は、家族や友人との楽しい食事ができなくなることや、食事のたびに嫌な思いをする体験など、あなたの人生の豊かさに大きな影響を及ぼします。ぜひ日頃から、口腔の健康を保ち、豊かな人生を送ってください。


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